本文へジャンプ


玉置神社、天河神社、神様に呼ばれたようです。

プロローグ

 2009年、5月の連休、高速1000円を活かして皆神山ピラミッド祭りに参加してなにかできないかと考えていた。一ヶ月前に皆神神社を訪れたのだが、「皆神山ピラミッド」に対するテンションがそんなに高くないと感じた。確かに当初の盛り上がりを経験した人から見れば現状は沈滞ムードにしか見えないだろう。私自身がもっとパワーを持たないとだめだな、と痛感したのだ。
 そこで、以前から行きたいと思っていたところに的を絞った。奈良の天河神社と加賀の白山神社である。北陸方面は福井の永平寺にも興味がある。観光がてらに金沢の武家屋敷をぶらつくのもいいな、と気持ちが傾いていた。ところが、カミさんが同行すると言い出し、しかも天河神社に行きたいというのだ。白山から天川に回るか、ちょっと強行軍だなあ、とりあえず大まかな予定を立てることにした。
 ネットで白山神社、天河神社を調べていると、妙に玉置神社というのが出てくる。これまで一度も聞いたことのない名前で全く知識がない。場所は天河神社から熊野方面に向かった山の中らしい。何度もこの名前に当たるうちに「行ってみたい、」と心が動いた。「呼ばれている」様な気がしたのだ。そこで白山は諦めて、伊勢から熊野、玉置神社、天河神社と回って奈良の大和三山を巡る計画に変更した。

伊勢神宮、倭姫宮 

 渋滞を考慮して三日の夜九時ころ家を出た。東名はやはり車が多かった。静岡周辺で渋滞、浜名湖SAに12時に辿り着いていっぷく。日曜日の昼間のような混雑振りでちょっとファンタスティックな気分になった。
 こっち方面の道路は高速も含めてよく知らない。ナビ頼りだった。走っていてICやSA、PAが表示されるので助かる。また目的地までの距離が出るので大まかな見当が立つのだ。初めて走る伊勢湾道は車も少なく快適だった。車窓から見える名古屋の高層ビル群が旅情を掻き立てる。
 午前四時、伊勢直前の多気PAに到着。一眠りすることにした。同じことを考えている人が多いらしくパーキングはいっぱいで出口の車道に車を停めた。六時まで少し寝て、トイレと歯磨きを済ませて六時過ぎに出発した。
 連休中は規制があって九時からは市内に入れない。別のところからシャトルバスで神宮に向かうことになる。早朝の行動は正解だったようだ。ナビに導かれて内宮の駐車場へ。ところが途中で止まってしまった。もう一杯なのである。すぐ横の民間駐車場に入れて、まだ開店前の「おかげ横丁」を抜けて内宮に向かった。

 早朝とはいえ観光客は既に普段の休日並だった。鳥居を抜けて橋から見る五十鈴川の風景は、ここから神域に入りますよ、という厳粛な気分と言いようのない清浄さを感じさせる。カミさんもここの景色に見入っていた。ここから五十鈴川の禊場までの空気が私も好きである。
 冷たい水で手を洗って参道に入る。今回で、二度目の参拝である。私は撮影もなく、気楽な気分で雰囲気を楽しんだ。正直言ってこの場所はそんなに強く神気を感じない。人が多くて、その喧騒で消されてしまっているのかもしれない。本殿の参拝を済ませ、空気を楽しみながらゆるゆると歩いた。ここで来月家を買うという息子一家にお札を買った。


 賑やかな内宮を出て倭姫宮に向かった。宮の入り口に車を停めて参道に入ると森の匂いに包まれて、また違う清浄さを感じる。ほとんど人気がなくて深閑としている。空気の密度が濃い感じだ。階段の落ち葉を掃いている女性が「おはようございます。」と声をかけてくれる。本来の伊勢神宮はこんな感じだったのではないだろうか。
 姫宮を参拝。前回来たときも白装束の宮司さんがしゃがんで草むしりをしていた。今回もまったく同じ光景を見た。両方とも早朝だったからかな?、タイムスリップしたみたい。ここにも隣に空き地があって、遷宮をするようだ。お参りができて少しほっとした。



熊野路
 九時、熊野本宮にナビをセットして伊勢を出発。しばらく伊勢道を走って下に降りた。地図上では海に近いところを走っているはずなのだが、奥深い山道が続く。かなり険しい地形のようだ。ところどころに「熊野古道」の標識が見える。世界遺産にもなった自然の中の道はこのまま残して欲しいものだ。
 十二時、熊野市に到着。海辺の町で美味しいものがありそうなのでここで昼食を、と考えたのだが、道路沿いにピンと来る店がない。市役所の方に入って行ったのだが、閑散としていてひと気がない。ガソリンを入れたときにスタンドの方に「どこかいい店はありませんか?。」と聞くと、親切に教えてくれたうえにお店に電話をして予約までとってくれたのである。我々が東京から来たのを見て「どちらまで?、」というので熊野本宮から玉置神社に行く予定を言うと、「この時間やったらこっちの道から玉置神社へ行った方がいい、」と地図を出してくれた。私は常々こういうアドバイスは神の仕業だと思っているので有り難く聞くことにしている。「玉置さんはよう(願いを)きいてくれはるそうですな。」とニヤリと笑う。この辺りでも御利益が高い神社として名を馳せているようだ。「道が狭いから気をつけて、できるだけ左側いっぱいに走ったほうがええですよ。」と細かいアドバイスまでいただいた。ちなみにこの人は玉置神社に行ったことはないそうだ。
 「磯っ子」という店で美味しい昼食をとって、ここから玉置神社までナビをセットしなおして、地図でルートを確認して出発した。

 走り出してすぐに細いクネクネした道になった。もちろん擦れ違いも出来ない。私はよく山に行くのでこういう道は慣れているが、確かに言われたとおり注意深く運転しなければならない。
 三十分ほど走ると突然道が太くなって車が停まっている。「オオッ」と思ってこっちも止まる。目を上げるとまたまた「オオッ!!、」と声を上げた。目前に大絶壁が広がっているのだ。車を降りると、そこは小さいながら展望台になっていた。「大丹倉」と呼ばれる場所で、巨大な岩壁が聳えている。鉄分が多く含まれていて全体的に赤みが差していることから「丹」の名が付いたようだ。古くからの修験の修行場でもある。説明文によると崖の頂上まで道があって車でも行けるようだ。ここは荒船山と似たものを感じる。ちょっと得した気分になった。

 更に十分ほど走ると、道は川沿いに出て広くなって快適になる。その先に北山村の道の駅があったので立ち寄った。急なカーブの連続で疲れが溜まっていたので一息つけた。ここまで来れば玉置山はもうすぐだ。


玉置神社へ
 そこから二十分ほどで玉置山、玉置神社の道標が出てくる。そこを右に登っていく。道は再びクネクネになる。すでに玉置山を登っているようだ。道路脇に明らかに今までなかった巨石が出てくる。「アア、凄い岩座だ、」「ア、ここも岩座だよっ、」私は巨石の横を通るたびにカミさんに教えつつ驚きの声を挙げていた。この山は関東の両神山のように山の下から全体に岩座が配置されているようだ。空気が研ぎ澄まされた清浄感に満ちている。
 巨大岩座に声を挙げつつ登っていくと十メートル近い巨石が見えてきた。横には朽ちた祠もある。ここは車を降りてお参りをしなければと思った。巨石の横には清水が湧いている。玉置山の龍神水と書いてある。口に含むと精神に沁みる感じがする。この水を飲めただけでもここまで苦労してきた甲斐があったと思うのである。

 さらに登っていくとやがて玉置神社入り口が出てくる。誰もいない峠で、看板にはここから徒歩で25分とある。車では2Km先に駐車場があると書いてある。ナビを頼りに登っていくと確かに車を停めるスペースのある場所に出た。ナビはここが終点だという。車を降りて調べたのだが、どこにも上り口がない。古い石段があって、少し登ってみたのだが道らしいものはない。「すごい所だなぁ。」ネットでの知識しかないので、とんだ秘境に来てしまったなぁ、と思った。とにかくここから登るのは無理だと判断した。車で少し先まで行ってみたのだが遠ざかっているような気がしてもとの入り口に戻った。
 峠で車を降りて周囲の山々を見渡してみると怪しい山がかなりある。ビデオ撮影などをしていると、上から登山者がポツリポツリ降りてくる。かなり疲れた様子で「熊野はこっちでいいんですかね?、」と聞かれたので「はあ、熊野の方から来たんで、多分こっちだと思いますよ。」などとはっきりしない返事をした。
 神社を参拝するにはこの山道を登らねばならないようだ。逡巡していたら、若い男性が降りてきた。「神社まではどのくらいですか?。」と聞くと「30分位ですよ。」と言う。「険しいですか?。」「いや、ここを登れば後はたいしたことないですよ。」カミさんと顔を見合わせて「とりあえず行ってみるか、」と登り始めた。
 すぐにカミさんが「ねえ、」と言う。「さっきの人がずっとウロウロしている。」登山者はほかにも三人ほどいた。それぞれ道の情報交換などしている。そして先ほどの若い男性が車の辺りを行ったりきたりしていた。
 私は頭の中でグルグル考えた。私としてはこの道を登る以外に神社に行く道はないと思っている。ここで諦めたら何でここまで来たのか判らない。また、カミさんが同行したのは、多分彼女は巫女的存在としてきたのだろうと考えていた。彼女を通じて何か伝えるために…。登山者の男性も私の車を荒らそうとしているとはとても見えなかった。それでも彼が不審な動きを見せ、カミさんが強く不安を抱いて止めようと言うならこれも意味がありそうだ。そして、「止めよう!、」と私は決断した。「せっかくここまで来たのに残念だけど、ここまでの縁だったんでしょう。」カミさんも申し訳ない気持ちがあるようだが、それ以上の衝動が彼女の中にあって、本人も戸惑っているようだった。

 実は龍神水のところで私たちの後を追うように軽自動車がついてきていた。年配の夫婦のようでやはり玉置神社を目指しているようだった。彼らも私が引き返したところで帰ってしまった。そんなことからも、なるほど玉置神社は秘境の神社なのだと思ったのである。
 参拝を諦めてナビを十津川温泉にセットした。先ほど途中までいった道を示した。「こっちからも行けるみたいだな。」と思いつつ出発した。先ほどの駐車場も過ぎ、道はやや下っていくようだった。2kmも行ったところで「玉置神社駐車場」の看板に出くわした。「アアッ!!、こっちだったんだぁ!!、」私は思わず声を挙げた。
 しばらく走ると広い駐車場に出た。大きな鳥居が建っている。午後二時半、ようやく玉置神社にたどり着いた。



参拝

 駐車場の車はまばらで連休の最中だというのに参拝客は十人ほどだった。若いカップルがはしゃいでいるのが微笑ましい。神社は大鳥居を潜って十五分ほど歩く。「来れて良かった。」とカミさんが呟いた。ここまでの私の心の動きは他人から見ればなんのこっちゃ、と思われるだろう。が、私自身は心の中で「呼ばれた、」という感じを強くしていた。


 山道を下ってしばらくすると、社を回り込むように神社の前に出た。ちょっと緊張気味に境内に入っていった。ずっと、ピンと張り詰めたような強い結界の中に入ったような空気が続いている。古い社は階段を登った上にある。なにはともあれ参拝をした。なんとなく不思議な気分なのだが、私がここに来た意味は分からない。ただ、とても充実した気持ちが湧いてくる。


 境内の産土神の祠にも手を合わせ、社の裏にある千年杉も見てまわった。社の横に社務所がある。見た限り人の気配がないように思った。しばらく写真を撮ったりしていたらカミさんが「ちょっとちょっと、」と社務所の方で呼んだ。行ってみると細い通路から向こうは活気に満ちていた。中からは宮司さんの祝詞の声が聞こえる。普通の祝詞よりもお経に近いと感じた。反対側には休憩所があって御守りなどを売っている。若い女性が巫女さんに参拝印を押してもらっていた。ベンチには女性のハイカーがいて、重いリュックを今しも背負って出発するところだ。大きな看板には山頂へのルートが書いてある。玉置神社のもう一つの顔である。私としてはかなり疲れてしまって行動する気力がもう無くなっていた。今回は参拝だけで帰ることにした。



十津川温泉
 三時過ぎに出発、十津川温泉で一ッ風呂浴びようかと思ったのだが、我々が考えているような温泉施設が見当たらない。一ヵ所だけちょっとしゃれた所があったのだが、残念ながら休みであった。そこにはカミさんが好きな西村京太郎の十津川警部シリーズに因んだ展示物があって、彼女は興味深く眺めていた。
 この辺りはとにかくコンビニなど一切無い。十津川の道の駅で明日の朝食用のパンを買って天川村に向かった。実は今夜の宿泊の予定はなにも立てていなかった。行き当たりばったりでどこかのオートキャンプ場に潜り込もうかと思っていたのだ。
 天川村に入ったところに日帰り温泉施設があったので入った。ようやく疲れを癒すことができた。さてここで夕食を、と思ったのだが、店内のレストランは廃業していた。天河神社まで行けばなんとかなるか、と思いながら車を進めた。
 真っ暗な山道は行けども行けどもなんにもない。最悪どこかの道端で寝ることになると言うと、カミさんはかなり不安がっていた。
 しばらく行くと暗闇の中に明かりが見えて、若い人達の笑い声が聞こえてきた。山の中に忽然と賑やかな場所が現れたのだ。「ちょっと聞いてみようか…、」私は意を決して管理棟を覗いてみた。そこには我々くらいの年齢の女性がいた。事情を話すとちょうど一台分キャンセルがあって空いているという。泊まるだけなら2000円でOKになった。助かったぁ……
 管理棟でカップ麺などを買って食っていると、女性が我々が東京から来たのに驚いていろいろと情報を教えてくれた。その中で一番気になったのは大峰山の話である。古くから修験道の聖地なのは言わずもがななのだが、どうやら大和山地の中心的な存在でもあるらしいということである。今回の予定には入っていないのだが、いつか登ってみたい山の一つである。そしてここから玉置山を通って熊野に下る奥駆道が、関西ではポピュラーな登山ルートだと分かったのだ。こちらで言う「関東ふれあいの道」のようなものかしら。
 そんなこんなで疲れきって、まだ周囲ではキャンプファイアーの喧噪の最中だったが我々は車の中で爆睡したのだった。


天河神社
翌朝は五時頃目が覚めた。歯磨き、トイレを済ませ。六時には天河神社近くに着いてしまった。ナビが細い道で不明瞭になってしまって、行き止まりの道に行き着いてしまった。小さな橋があって、そこがどうやら大峰山への登山口になっているようだ。とにかくそこでUターンすると、小さな神社が見えた。これもなにかの縁だと思って参拝した。ここも「天河神社」としてある。山際にあるので奥宮になるのかな…。それは分からないままだ。

★後日調べて分かったのだが、ここは天河神社奥社で禊殿ということだ。社の裏は小高い山になっていて、そこは高倉山という。山頂から水が湧き出しているということで、今では禁足地になっている、いわゆる神奈備の山である。私が天河神社に興味を持つきっかけとなった美内みすずさんの著書の中でもこの山での不思議体験が出てくる。最初にここに呼ばれたのはそれなりの意味があったのだろうか…?

 反対側に回ると広い駐車場がある。まだ早朝で参拝者はまばらだ。さっそく境内に入って神社を目指した。先ほど通り過ぎた狭い道に向かって入口の鳥居があり、そこを正面からくぐりなおした。本宮は階段の上にある。映画やテレビで見た能舞台が今、目前にあるのだ。

 社の中は薄暗く、今日はなにか催物があるらしく神前に椅子が並べられている。その後ろに能舞台があり、その前に回り込んで振り向くと神殿があるというわけだ。神殿には賽銭箱があって、太い紐が垂れている。その上に大きな五十鈴が二つ重なって吊されている。更にその上に菊の紋の幕が張られている。下から見上げるとまさにUFOそのものである。私は写真やビデオを撮りながらUFOと菊の紋の取り合わせに感慨深いものを感じていた。

 そんなこんなしていたら後から数人の参拝者が入ってきてパチパチ写真を撮りまくっていた。宮司さんが頃合を見計らって「ここは撮影禁止ですよ、止めて下さい。」と注意。我々はスゴスゴと出ていったのだった。
 それから社務所で「五十鈴」を買ったりしてブラブラしたのだが、ここは玉置神社とはまた別なフィーリングを持っている。あれほどきつくないのだが、また別の何かがある。今のところそれがどういうものなのかよく分からないでいる。


飛鳥へ
 キャンプ場の管理人さんから聞いた情報で洞川温泉(どろかわおんせん)や大峰山、龍泉寺が気になったので寄ってみることにした。この辺りの道もとにかく細くて狭い。早朝ということもあってか洞川温泉も妙に侘しく感じてしまった。龍泉寺に着いた時は雨が激しくなって、参拝もそこそこに退散してしまった。心のどこかに今回の旅の趣旨とは違うと感じていたのだ。
 このあと大和三山をまわって、あわよくば飛鳥の巨石も見ようと思っていた。そこで橿原神宮にナビをセットして出発した。道はどんどん狭くなって、対向車が来たら絶対に擦れ違い出来ない。ちょっと不安を感じ出した頃に峠越えのトンネルが出てきた。これがまた凄いトンネルで、内側が掘ったままのゴツゴツ岩が露出したままなのである。しかも大型の私の車がギリギリ通れる狭さで、当然明かりもない。ヘッドライトに浮かびあがる岩が不気味である。カミさんは幽霊が出そうで嫌だというのだが、私は霊的なものは一切感じなかった。
 トンネルを過ぎると細い下り道になる。途中でナビが「この先でUターンして下さい。」と言い出した。まさか行き止まりなんじゃないよね?…。私は車を止めて思案してしまった。「あのトンネルに戻るのは絶対イヤ!!、」とカミさんが強く主張する。ここまでけっこうナビに翻弄されてきたこともあるし、だんだんナビの癖も分かってきた。このまま行き止まりということはありえないと踏んで車を出した。
 しばらく下ると素晴らしい景色が広がった。たぶん黒滝村だと思われるが、まさに映画のワンシーンのような見事なロケーションである。道は狭いがちょっと得した気分になる。けっきょくUターンすることもなく無事街道に出た。カミさんもようやく落ち着いたようだ。

 奈良県の見知らぬ町並を楽しみながらドライブしていると、先にちょっとしゃれた珈琲店が目に入った。無性にコーヒーが飲みたくなって立ち寄ったのだが、なんとそこが飛鳥駅であった。まだ九時半。モーニングを頼んで周囲を見回すと目の前にレンタル自転車の店が見えた。大和三山の前に飛鳥を見て回るか…、と気が変わった。


飛鳥巨石群
 レンタル自転車は夕方五時まで借りて一台1000円。車も駐車場に停められた。明日香村の案内図を見ると天皇陵など見所がたくさんある。今日は巨石に限定して回ることにした。
 最初は「猿石」。五分くらいのところにある。柵があって石には近づけないが、私が感じた第一印象は東南アジアの空気だった。この辺りが亜熱帯だった頃のものかもしれない。カミさんは宇宙人の様だと言う。そう見えないこともないが…。

 坂道を登ったところに「鬼の俎」「鬼の雪隠」がある。看板の解説には古墳時代(4世紀頃)のものとある。どうもピンとこないが加工の仕方が新しい感じがする。
 更に十分ほど農道を走るとちょっとした茶屋に出会う。人がけっこう居て賑やかだ。その横に「亀石」がある。高さが2mほどの巨石で、下を彫って亀の形にしている。民話風の解説が書いてあるのだが、これについては全く分からない。可愛らしさ以外にこれといったインスピレーションはなかった。

 石舞台はそこから二十分ほど、坂を登ったところにあり、きれいに整地されている。500円の入場料を払ってようやくその全貌を目にした時は、やはりかなりの驚きと感動を覚えた。巨石を積んだオブジェは大迫力である。

 内部に入ると観光客の一団にボランティアの人が解説をしていた。曽我氏がどうのこうのというもので、私としてはあまり興味が持てなかった。それよりも内部の石組みの精密さと外の無造作な石の配置が気になった。とにかく人が多かったのでこれといったインスピレーションは湧かなかった。出来れば落ち着いてみたいものである。

 自転車で疲れが出たのかカミさんの機嫌が俄かに悪くなってきた。ここはなんとかとりなして酒船石だけは見たいと自分を励ました。
 石舞台から十分ほどで酒船石に着いた。この石だけが竹藪の中にひっそりと佇んでいる。全長六メートルほどの巨石だ。高さが一メートル程あって、表面全体を一枚の写真に収めるには脚立がないとできない。直前に小雨が降りだしたがここは我慢して見学を続行した。

 私の第一印象はやはり東南アジア的なものとナスカの地上絵に象徴される南米地域の古代文明を連想した。デザインのセンスが似ているように思うのだ。ここでは時間をかけて楽しんだ。何枚も写真を撮ったり、なにかを感じ取ろうと思ったのだが意外と観光客が多くて思うようにはいかなかった。次第に雨が激しくなってきたので引き上げることにした。
 雨のそぼ降る中、びしょ濡れになって駅までたどり着いた。カミさんはかなり疲れているようだった。


帰路
 まだ昼を過ぎたばかりだった。私はとりあえず橿原神宮に向かった。到着した時は雨が本降りになっていた。ずっと神社ばかり廻ってきたので気分的にはちょっと飽きていた。ここはパスすることにした。どうも大和三山とはなかなか縁が持てないようだ。
 続いて法隆寺に向かった。ここも夢殿を見ただけで後は元気が続かなくなっていた。東大寺ではどしゃ降りでしかも大渋滞、鹿と遊ぶつもりだったがそれどころではなかった。ナビで近くの日帰り温泉を捜してようやく一息ついた。

 ここで食事をしながら、体力的なことを考えて帰ることにした。時間的に多少の渋滞は覚悟した。午後六時、ナビをセットして車を出した。帰りは中央道回りにしたのだが、高速は順調だった。小牧を過ぎた辺りで雨が激しくなってきた。カミさんはずっと寝ている。私もどしゃ降りのPAでついにダウン。三時間ほど爆睡してしまった。
 朝五時、帰宅。私はそのまま一日眠り続けた。カミさんは後始末をしていたようだ。日程的にはかなり欲張りすぎたが、二人で四万円の旅は無事に終わった。


エピローグ
 貧乏性というのか、こういう旅を考える時、どうしても「あそこにも行こう、ここにも行こう、」と思ってしまう。地図場でコースを決めていくのだが、実際に走るとどうしても無理が出てしまう。ついつい欲張ってしまうのだ。今回の旅は、やはり玉置神社が主目的だったと思う。一直線に行っていればもっといろいろ見て回れたようにも思う。特に後半の疲れ方はひどくて、法隆寺などは省いてもよかったと思う。
 しかし、例えば伊勢神宮、倭姫宮などは二度目の参拝で新たな感覚を覚えるということもある。玉置神社、天河神社についてはぜひもう一度行きたいという気持ちが強くなっている。なにしろ「呼ばれている、」という感じだけでなんの下調べもしないでいったのだ。まぁ、わざと調べないで行ったというのもあるけど、その分全てを先入観無しで感じられたのである。それだけの意義はあったと思う。
 特に玉置神社は山頂に登らなかったのが気になっている。山の構造として山頂が岩座になってるのではないかと想像している。どちらにしてももう一度、十分研究した上で訪問したいと思っている。
 玉置神社、天河神社共に「呼ばれないといけない神社」と言われている。その分御利益も確かなものだとも言う。この感じはなんとなく分かるけど実際にはどういうものかはっきり言うことは出来ない。今回の私の旅も私自身は「呼ばれている。」という感じが凄く強いのだけれど、「それはアンタの思い過ごしでしょ?、」と言われればそれ以上に説明することができない。だから私としては玉置神社にたどり着けなくてもいいや、という気分があったのだが、なんだかんだ行き着いてしまったことにちょっとした驚きを持っている。或いは天河神社にしても最初に禊殿に行ってしまったのも不思議なのである。ナビの指示は左なのになんとなく右に行ってしまったのである。心の中では「なんだよ、分かりづらい道だなぁ…、」と思いつつ行き止まりの横に神社があって、普通ならやり過ごしてしまうのだけど「せっかくだから挨拶だけはしていこう、」という気持ちになってしまう。参拝するとすごく気持ちが落ち着いて、「この神社はなんかありそうだな…、」と思ったりする。その時はそれでおしまいなのだが、後で調べるとそこがパワースポットだったりするのだ。
 こんな風に神様とのやり取りはなかなか難しい。こちらが欲を出していくと声が聞こえなくなってしまい。あまり無欲だと振り回された感じになってしまう。しかも、今回のことが自分にとってなにか良いことに繋がるのかと思えばどうもそんな気配はない。つまり御利益などほとんど期待できない。神様との付き合いはなかなか奥が深いようである。
 こうして記事にまとめた今、心の中に「もう一度行きたい、」という気持ちが強くなっている。つまりこれは「もう一度いらっしゃい、」というお呼びなのである。そして次に行ったときはもっと別な顔を見せてくれそうな気がする。その日が早く来ることを願ってやまない。


付録
 写真を整理していて酒船石のところで奇妙なものが写っているのを発見した。一枚は石を接写しているところで、もう一枚は石全体とカミさん、そして写真を撮ろうとしているのになかなかどいてくれなかった観光客が一緒に写っているものである。二枚とも「オーブ」と呼ばれるもので、これは空気中の水分が光って写ってしまうものだ、という科学的説明もされている。また、確かにこの時は雨が降っていた。しかし、一方で「オーブ」はなにか心霊的なものだという人もいて、今のところどちらの主張が正しいのかは分からない。ある場合は科学的な説明で当たるかもしれないし、ある場合はそれでは説明できない、ということもあるようだ。

 私の第一印象は「可愛らしい妖精」に見えた。それは酒船石に写っているのを見た時に思わず微笑んでしまうほど好い印象を得たからだ。そして二枚目のカミさんの後ろに写っているのは、どうも彼女を気遣っているようにも見えたのだ。あまりにファンタスティックな解釈で申し訳ないが、これが偽らざる気持ちである。よくよく見ると数個の小さなオーブが写っている。さて真相は如何に?。ご覧になった皆さんはどう思うのだろうか…。




Copyright.2 000-2009 Good Weather Studio.all rights reserved.