★三輪山、熊野三山、神様の躾



★プロローグ

 2009年九月の連休、シルバーウィークに再び奈良から熊野に行った。七月の白山登山を終えてからずっと、白山菊理姫のことがモヤモヤと頭の中に残っていたのだが、八月になってもう一度玉置神社に行かなくてはならない、という気持ちが強まっていた。何故?、と聞かれても説明できない。「勧」というしかないのだ。今回は前回の徹を踏まないように無理のない計画を立てた。奈良の方から回って、十津川温泉に素泊りだが宿をとることにした。車中泊の二連チャンはさすがにきついのだ。また、一応一日目は三輪山と大和三山、天河神社を予定しているが、時間を見ていけない所がでてもいいと思うことにした。
 九月二十日、昼過ぎに出発。高速道路千円も定着して、前回よりも車は多いようだ。うまく時間をずらして名古屋に入らないとえらいことになる。今回は中央道を利用して名古屋中心部を通らないので比較的渋滞にもはまらずにすんだ。
 奈良に最も近いPAで眠ることにした。ナビで調べて菩提寺PAに12時頃到着。そのまま眠り込んだ。

1.菩提寺PA

 朝、6時前に目を覚まし、トイレと洗顔に出た。落ち着いたところで周囲を見回して驚いた。目前に岩座を抱いた山が立っているのだ。「なんだ?、」もう一度周囲を見回すと、道路の反対側にも同じような岩座の山があった。つまり、このPAは二つの岩座に挟まれているのだ。それは恰かも神社の狛犬のような、或いは山門の仁王様のような感じでちょっと祝福されたような気がして嬉しくなってしまった。

 ◎後記
 後で調べてみると、奈良に向かって右側に見えた山は三上山で、近江富士とも言われる奇麗な三角錐の形をしている。もう一つの山は名前はないようだが、麓に菩提寺小学校があるようだ。三上山は標高が432Mで、もう一つの山もほぼ同じくらいの規模である。写真を撮る時間がなかったのが残念だが、このPAから見ると二つとも巨大な岩座がこちらを向いている。また。GoogleMap で見ると、巨大な規模の古墳の一角にも見える。

 カミさんもようやく、私が感じている不思議なものを認め始めているようだ。この岩座山にも首を傾げている。
 出発して直ぐに、ナビの指示通り行けなくてけっきょく京都から奈良に入ることになってしまった。間違えたのは自分なのだが、ひょっとしたらこのルートから入る方が具合が良いなにかがあったのかな?、と考えたりしている。


2.石上(イソノカミ)神宮

 天理市を初めて訪れた時は、天理教の施設の規模の大きさに驚いた。この驚きをカミさんにも味あわせてやろうと思った。目指す石上神宮は天理市の東側にある。ちょうど巨大な建物の間をくぐり抜けた先きにあるのだ。町を外れると田舎っぽい景色になる。神宮はすぐそこにあった。
 朝八時。まだ参拝者もいない石上神宮は穏やかな空気に満ちていた。駐車場から境内に入るとニワトリが数羽出迎えてくれた。本殿は大社造りで実に立派なものだ。白装束の若い神官がバケツを持って掃除をしている。古い産土神(うぶすな)の社も参拝して回った。次第に人が増えてくる。年配のハイカーが多い。看板を見ると、ここから三輪山までのハイキングコーズがあるようだ。本日の行動の始めに、汚れを祓ってもらうには最高の神宮だと感じた。
◎後記

 石上神宮は四世紀に創建された日本でも最も古い神社の一つだ。また境内のニワトリは神鳥と言われている。物部氏の神社ということ、まだ呪術的なものが残っていた四世紀に建てられたことなどから、日本にあった古代文明の名残りを残す数少ない場所ということにもなる。曾ては現代でいう科学的根拠に裏打ちされた出来事も、ある時期を境にその記憶が失われて、魔可不思議な呪術としてしか残っていないのだと私は考えている。四世紀は丁度その分岐点に当たるようだ。


3.三輪山

 天理市から南下すること20分ほどで大神(おおみわ)神社の大鳥居が見えてきた。丁度九時頃でまだ正面の駐車場に入れた。参道には出店が忙しく用意をしている。人出はこれから増えるのだろう。
 三輪山は奈良を代表する霊山で多くの作品でその神秘が取り上げられている。山そのものが大蛇が変化したものとも云われ、長い間禁足地だった。最近は決められたルートの登山が許されている。今日はもちろん登るつもりである。

 広大で立派な社の正面に出る。大神神社の社殿は、実は拝殿である。御神体は山そのものなので、山を拝む為の社ということなのだ。諏訪大社の本宮も同じである。こういうところは以外に多い。
 そこからルートを左にとってしばらく歩くと狭井(さい)神社に出る。ここが三輪山の登山口になる。三輪山の中では弁当を食ったり酒を飲んだりできない。また、写真、ビデオの撮影も禁止されている。ロッカーに荷物を置いて、入山料を払うとタスキを貸してくれる。これを首に巻いて、一本100円の御神水と竹の杖だけを持って登るのだ。
 三輪山は醸し出すフィーリングもルートの勾配も関東の高尾山に似ている。ハイカーも若者もいればかなり年配の方も多い。登山者の多くが普段山に登りつけていないので苦労しているところも高尾山とよく似ている。
 所々に岩座があるが、今一つパワーが感じられない。思い込みが先行していて実際のパワーを感じ取れないのかもしれない。
 一時間ちょっとで山頂に到着。岩座は周囲を柵で仕切られていて中には入れない。岩そのものは黒い。ここでも強いパワーは感じ取れなかった。後から登ってきた年配の男性が「なんや、たいしたことないなぁ…、」と大きな声で言った。正に同感。それでも潜象光を探ろうと目を閉じたのだが、どんどん黒くなってしまうのだ。時々こういう場所がある。なにか隠されている気がするのだが、どうもよく判らない。ある本に、三輪山の岩座は破壊されている、と書かれているのだが、確かに山頂の岩座にしては各岩が小さいように思える。とにかく全体像が掴めないのではっきり判らないのだが、私自身が期待していた圧倒的なパワーは感じ取れなかった。
 三輪山からはほとんど眺望はなかった。印象に残ったのは、お遍路さんの格好をした中年の御夫婦が裸足で登っていたことだ。我々よりだいぶ早く来たようで、山頂近くで擦れ違ったのだが、下山途中で追い着いてしまった。その時は二人ともかなり足が痛いようで苦労していた。修行の意味でそうしたのだろうが、普段からやっていないとただ辛いだけのことだと思う。
 気の抜けた気分で下山すると、狭井神社は凄いことになっていた。登山する人達でごった返しているのだ。ロッカーから荷物を出すと待ってましたと次の人が取り合っている。「あのー、杖をいただいていいですか?、」沢山あった竹の杖もスッカラカンだった。やっぱりこの山は人気があるんだなぁ……。
 帰り道、久延彦神社に寄ろうと脇道に入ったら、そのまま展望台に出た。ここからは奈良盆地が一望できる。大和三山が目の前に模型のように奇麗に並んでいる。その向こうには金剛山、葛城山、そしてずっと右手に二上山が見える。霊山に囲まれた古代のピラミッドシステムが眼前に広がっている。
 大和三山は今まで二度挑戦したのだがどうしても行けなかった。今回も余裕があれば回るつもりだったが、なんとなく「縁」がない感じがするのだ。この場所から眺めていてフと気付いたことがある。これは直勘だが、大和三山をコントロールしているのは三輪山のような気がするのだ。今まで大和三山に近付けなかったのは、どうやら元締めである三輪山を通さなかったかららしい。

 大和三山はかなり研究されていて、位置関係が夏至や冬至のレイラインを結んでいたりする。三輪山は三角形のラインからは外れているのだが、私なりに調べたらなにか掴めそうな気がしてきた。残念ながら今回は無理だが、いつかやってみたいテーマだと思う。
 丁度昼になったので、参道の素麺屋に入った。有名な三輪素麺の本場とはここだったとは知らなかった。コシがしっかりしていてとても美味しかった。


4.天河神社

 桜井市で給油と今夜の食料を買って天川村に向かった。今回は正式なルートなので道は走りやすかった。天河神社には二時半に到着した。前回はここの雰囲気に圧倒されてしまったが、今回は落ち着いて神社の隅々まで歩いて回った。若いタレント志望の女性だろうか、真剣な面持ちで祝詞をあげている神殿を拝んでいたのが印象的だ。
 美内みすずさんの本を読み込んでいるカミさんが禊殿と高倉山に行きたいというので歩いて向かった。狭い路地を抜けて天川沿いに15分ほど歩く。川の向こう岸ではキャンプの人達がのんびり遊んでいる。前から一人の女性と擦れ違う。30代くらいの美人である。「あの人も禊殿をお参りしてきたのかしら?、美内みすずさんの本を読んでいるのかしら?、」カミさんがしきりに詮索していた。擦れ違いにお互い軽く会釈をする。不思議な連帯感を感じたりした。
 私は天河神社の本当の御神体は高倉山ではないか、と睨んでいる。禊殿から川に下りる道は現在は閉ざされているが、その先に禊場がある。川の上流の清廉な空気と神気に満ちている。禊殿のすぐ裏が高倉山で、神社は拝殿の形になっている。この山も今は禁足地で入れないが、何故か山頂から水が湧き出しているという。
 そこで20分くらい、あちこち探索をして帰った。川辺の道に出ると、カミさんが山側のパイプから水が勢いよく出ているのに気が付いた。パイプを追っていくと丁度高倉山の山頂に続いている。「行く時は水が出ていなかったよね?、」カミさんが不思議そうに確認した。美人に気を取られていたとはいえ、これだけ大きな音に気が付かないことはない。「神様が歓迎してくれてんじゃないの…、」と言いながら私は水の流れに手を入れた。柔らかくて優しい水の感触がとても気持ちが良い。カミさんも手を濡らして感触を味わいつつ「来る時はこの水、流れてなかったよね?、」と何度も念を押す。こういう不思議現象は私は慣れているが、カミさんはなかなか自分を納得させられないで困惑しているようだ。天河神社の優しい神様と触れ合えたようで、気持ちが晴れていった。

天河弁財天の奥宮にあたる禊殿

高倉山山頂から湧き出ている御神水


5.十津川温泉

 三時半に天河神社を出て十津川温泉に向かった。地図で見ると近いようだが、狭い山道を二時間以上走らなければならない。関東の周辺で言えば、八王子から青梅を抜けて秩父の奥まで行く感じである。
 十津川温泉には六時頃到着。素泊りというのは初めてだったが、なんとなく気が引けるものだ。長い道中で疲労はピークだった。熱い温泉に入ってビールを飲んだらもう我慢できずに八時には眠ってしまった。
 朝六時に目が覚めた。気分はスッキリ、やはり畳の上はぜんぜん違うと実感した。トイレと洗面を済ませると、七時に宿を出た。宿の人がなんのお世話もできずにスイマセン、と恐縮している。素泊りなんだからよく眠れただけでもありがたいですよ。


6.玉置神社

 早朝の山の温泉は人気もなく清々しい。車の中で缶コーヒーでパンを流し込みながら玉置神社への山道を登り始めた。玉置山の神域に入ると独特の空気にピリッと身が引き締まる。
 八時前に駐車場に到着。数台の車が停まっている。早朝の深山の神社の空気、これはなかなか味わおうと思っても味わえるものではない。カミさんも楽しんでいるようだ。大鳥居を潜って、参道を下って本殿へ。途中夫婦杉のところで新しく柵を作る工事をしていた。その関係者の車が停まっていたのだ。
 参拝を済ませ、社務所の裏に出ると朝食の匂いがする。白装束の神官さんが忙しそうに働いていた。そんな中、カミさんが御守りなどを貰っていた。どういうわけかここらで年配の女性ハイカーをよく見掛ける。彼女達は奥駆道の関係で神社の宿坊に泊まっていたのかもしれない。
 さて、今回は前回行けなかった神社の奥、玉置山山頂に行くのである。三柱神社の横から登山道に入る。やや急な階段を登ると15分ほどで玉石社に着く。一つの巨石に3m四方の柵が作られていて、その中に白い丸石が散乱している。気が急いていたので更に登り進むとそのすぐ上に三つ並んだ巨石が現れた。ここは拝み所かな、と思って柏手を打った。

 そこから10分くらいだろうか。ジグザグの急坂を黙々と登ると、突然前が開けて山頂に出た。直ぐに目に飛び込んできたのが電波塔である。ちょっと興が覚めてしまった。
 しばらく写真を撮ったり、あちこち調べたのだがこれといったものはない。首を傾げながら下山することにした。「ここまで来れたんだからいいじゃない…。」やや落胆気味の私にカミさんが声を掛ける。なんだかモヤモヤが晴れないのだ。三柱社まで下りて、フと駐車場への近道に気が付いた。「お参りはもう良いからこっちの道で帰ろう。」と歩き出した。二、三分すると目前に大岩座が現れた。カメラを回しながら歩いていた私は思わず立ち止まって息を飲んだ。
 人工的に石を積んだ、20mほどの巨大岩座である。神気がビンビン来る。「あー、凄いなぁ……、」岩の向こうに回り込むと、注連縄(しめなわ)が張ってあってその下に小さな看板が建っている。そこには「白山社御祭神 菊理媛神(くくりひめ)」と書いてある。
 「アー!、そうだったのかぁ!、」迂闊だった。よく考えたら、前回来た時に看板に「白山社(乳岩)」と書いてあるのにどうして気が付かなかったんだろう。尤も白山神社は至る所に合祀されているから気にとめなかったのかもしれない…。とにかく頭をガツンとやられた気分だった。

 最後に玉置山の御神水が飲みたかったので少し遠回りだが169号線に進んだ。清廉な水を飲みながら、三度玉置神社を訪れることがあるのだろうか、と思った。もし来ることができたら、その時はもう少し楽な気持ちで参拝したいものだ。


7.熊野本宮大社

 さて、一時間ほど熊野川沿いのルートを走ると、やがて熊野本宮大社の看板がたくさん見えてくる。ここでのお目当ては「大斎原(おおゆのはら)」である。元々大社があった場所でかなりのパワースポットらしい。
 駐車場係の人に誘導されて、川原の一番奥に落ち着いた。休日なので流石に混んでいる。比較的若い女性が多い気がする。写真を撮る時に気を使ってしまうのだ。
 参道に入ると、ここは賑やかな感じがした。長い階段を登っていくと派手な門が出てくる。八咫烏(やたがらす)が飛んでいる。こういうのもいいかもしれない…。
 境内には四つの社があり、それぞれの御祭神を祭っている。順番に参拝したのだが、私としては大斎原が本命だと思っているので心のどこかで軽んじていたのかもしれない。気持ちは向こうに飛んでいた。

 大斎原への川原に出ると、目前に巨大な鳥居に度肝を抜く。三輪山の鳥居も大きかったが、たぶんこっちの方がでかい…。巨大な鳥居を潜ると、なんとカントリーミュージックが聞こえてくる。どうやら地元の人達がバザーをやっているようだ、パワースポットの雰囲気を丸潰しなのだが、それでも大斎原に入ると空気が一変する。ここはかなり穏やかなフィーリングで長く居たくなるような安らぎを感じた。しばらく空気を楽しんで帰った。鳥居の方から見晴らすと、正面に三角形の山が見える。実に怪しい……。

 世界遺産熊野本宮館というところに立ち寄ってみた。中には昔の大斎原の模型がある。熊野大社は元々川の中州にあったのだ。既に大観光地になってしまった聖地に、神の気配を感じるのは、私ごときには難しいようだ。


8.那智の滝

 続いて那智の滝に向かった。本宮から二時間ほどだった。滝に近づくと大渋滞になっている。急な坂道に駐車場やお土産屋が並んでいて、あまり上でも下でも歩くのがしんどいので出来るだけ滝の近くと思っていたのだが、満車が続いていてけっきょくかなり上まで来てしまった。一日800円という駐車場があって、他の車が入らない。ちょっと高いのだ。「エーイ、しょうがない、」と思って入ってしまったのだか、実は車を停めるまで延々と細い急坂を登らなければならなかった。広い駐車場に出たのだが、ここから滝まで歩くのはかなり辛い。
 上の方に大きな社が見える。目の前には朱色の派手なお寺と塔が建っている。上の社は那智大社である。今回は滝が目当てだったので参拝の予定はなかったが、けっきょく来てしまった。寺の塔から滝が拝めるというので入ったのだが、なんとなくフィーリングが合わない。カミさんも気分が悪いと言うのですぐに退散することにした。
 坂を下りながら「駐車場が空いてなかったらこれで諦めよう。」と覚悟を決めた。ところが滝の入口を少し過ぎたところの駐車場のオヤジさんと目があったので「空いてます?、」と声をかけると、「今一台空いた、」と手招きしている。しめたとばかりに滑り込んだ。このまま帰るのはあまりに惜しい、結果オーライか……。
 那智の滝までの階段を降る。女の子が多くてあちこちからキャーキャー声が飛んでいる。はじめそこが那智の滝とは分からず「なにかスゴイお祭りやってるぞ、」などとカミさんに言ってしまった。長い石段を下りると、そこは100m四方の広場になっていて滝壺がすぐそこにある。水の音がゴーゴーと響いている。お土産の露店やお焚き上げがあって、お姫様のコスプレの人もいたりして大騒ぎである。パワースポットの神気どころではない。我々も観光客と化して雄大な滝の景観を楽しむことにした。
 お土産屋の食堂で土地の名物を戴こう、ということで「めはり寿司」というのを注文した。簡単に言うとご飯を高菜の葉で巻いたものなのだが、関東人の私にはちょっと味が薄い気がした。でも、こうしてその土地のものを味わえるというのはありがたいことだ。


9.神倉神社

 いよいよ熊野三山最後のお宮、速玉神宮に向かった。ルート的には約40分ほど新宮市に戻ることになる。とはいえ私のお目当ては神倉神社なので、そこにナビをセットした。ところが神社の近くまで行くのだがどうしても近付けないのである。ナビ通りに行くと住宅地の狭い行き止まりに突き当たってしまうのだ。仕方がないので一度速玉神宮に行って、そこで道を聞こうと思い直した。
 三時半、速玉神宮に到着。やはり混んでいてお宮から少し離れた河原の駐車場に車を停められた。ややこじんまりとした神宮だが、朱色の見事な社殿は熊野三山の中では一番美しいと思った。参拝を済ませて看板を見ると、神倉神社はこの神宮の奥宮的位置にあるようだ。駐車場整理の方に道を尋ねると、親切に教えてくれた。

 神倉神社は車で五分ほどのところだが、狭い路地をクネクネと曲がった鈍詰まりで、駐車場も狭く、やっとの思いで辿り着いた気がした。入口に数人地元の人が居て、我々を見ると「これからですか、えらいよぉ…、」と笑っていた。確かに鳥居の奥に続く階段はかなり急で危険そうである。しかし、数々の山に登ってきた我々にはいつものこと、という感じであった。

 段差の高い階段をグイグイ登る。途中でお年寄りが立ち止まって汗を拭いている。中には下るのが怖くて立ち往生している人もいた。確かに上から見ると崖の上にいるように見える。一般の参拝者にとってはちょっと厳しい参道だと思う。
 とはいえ距離が短いので、10分少しで上に着いた。灰色の巨石がクジラのように横たわっている。岩に沿って歩くと、目の前に太平洋が広がる素晴らしい景色に出くわす。石段を下りて、左手に顔を上げると、誰でも吃驚するだろう。せり出した巨石が覆い被さるように神社が建っているのだ。この眺めは実にファンタスティックだ。どちらかというとその幻想性の方が強くて、神様のパワーとかは吹っ飛んでしまった。またもや一観光客となって記念写真などを撮りまくってしまった。


エピローグ

 これで計画しているところは全て回った。後は帰るだけである。夕方五時、新宮市は家路についた車で渋滞し始めている。自宅までナビをセットした。なんと600kmもある。なんて遠い所まで来ているんだろう。自分に呆れてしまう。
 伊勢方面に走り出す。いわゆる熊野古道と並行に走るルートである。小一時間走ると海が奇麗に見える道の駅があったので一休みした。一杯のコーヒーで元気が蘇る。ここからは一直線に帰宅モードである。
 暗くなってから伊勢道に乗った。最初のSAで夕食をとって、渋滞情報を見ると名古屋の入口で大渋滞である。ここで仮眠をとることにした。
 23時、再び出発した。カミさんは眠ったままだ。なんとか名古屋に入ったが、東名との合流で一時間ほど渋滞にはまってしまった。その後は順調で翌朝五時に無事帰宅した。
 さて、今回の旅だが、盛り沢山でまとまりがつかない。だが、よく考えると一つ気が付いたことがある。それは、特に二日目の熊野三山で顕著だったのだが、面倒くさがり屋の私は、お目当てのパワースポットに行ければいいと思っていた。ところがことごとく本殿をお参りさせられているのだ。特に那智の滝では参拝こそしなかったが800円もお賽銭を取られている。また、最後の神倉神社でも、ナビがおかしくなってけっきょく速玉大社に行っている。一日目で言えば、三輪山に登って初めて大和三山を奇麗に眺めることができたのだ。今まで二回挑戦して果たせなかったのに…。
 私は霊能者ではないので神様とお話できるわけではない。しかし、ここにはなにか規則性のようなものを感じるのだ。つまり、古代文明が使っていた神様パワーについて考える時、相手に対する礼儀のようなものがあって、それが儀式として現代に残っているのではないだろうか。そして今回、私はそれを神様に躾られたような気がするのだ。
 神社にお参りする時、我々は柏手を打つ。全く意味は分からないのだが、とにかくそうすることで神様が願いを聞いてくれそうな気がする。これは実は古代では神様パワーを使用する際の重要な儀礼だったのだろう。
 また、玉置神社では白山菊理姫の巨大岩座に行き着いた。これもゴールデンウィークの旅のオチがついたような感じがする。とにかく思い付きと言えば思い付きで行動しているのだが、そこに神様との「縁」があるとしても、私には全く意味が分からない。ただ、神様との付き合いは容易ではないとつくづく思うのである。

2010.01.22









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