日本全国、夥しい数にのぼる神社。いったい日本人にとって神社とはどういう存在なのだろう。いつ頃から在ってどんな働きをしているのだろう。今回はそんなことを考えてみたい。
お正月の初詣は凄い人数が繰り出す。私もあちこち行ったが、参拝をするとなんとなく気分がスッキリする。でも、神道を宗教として信じているわけでもないし、参拝をしたからといって目に見える御利益があるとも思えない。中には真剣に願を掛けている人もいるが、神の存在が科学的に証明されたわけでもなく、その行為は「信心」という、ひどく曖昧な物差しでしか計れない。日本人にとって神社や神様は正にこの「曖昧」な信仰の上に成り立っているという、実に不思議な状況が続いている。だからこそもう少しはっきりとしたものを掴みたいと思うのだ。
先ず、日本人が共通にイメージしている「神様」とはどんなものだろう。お賽銭をあげると願いを叶えてくれる、それも割と些細な、宝くじに当たりたいとか病気を治したいとか、日常的な面倒をみてもらう存在のようだ。戦争を無くして世界の平和を実現する、なんてことは願わない。この認識というのはかなり昔からのもので、一般庶民にとっての神様とは、身の丈にあったスケールでしかなかったのだろう。
長い歴史の中で神道が政治的に巨大な権力を持ったり、利用されたりしたのは事実だが、その本質を深めていくと、庶民的なこの感覚が実は太古からの神との付き合い方を伝えているような気がする。

神社が神社として成り立ったのはいつ頃だろう?。つまり、人々がその場所に神様が居て、身近な願い事を祈願するようになったのは…。それぞれの神社に歴史的な説があるわけだが、時折その縁起書の中に「成立時は不明だが」というところがある。ということはそこが現在の神社という形をとるずっと昔から神社だったということになる。神奈川県の「大山阿夫利(あふり)神社」は遥か縄文時代から伝わる神社だとされている。山頂の祭祇場からたくさんの縄文土器が発見されているのだ。私の感覚だが、この神社に限らず山にある神社は相対的に時代が古く、おそらく縄文時代から続いているのではないか、と思われるものが多い。というのは、御神体が巨石であったり、巨木であったりするのだ。またそういう山では巨石を見ることが多い。

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神社の神様の依代は鏡というところが多いが、元々は巨石や巨木だったようだ。そして一万年前の巨石がそのまま、いまだに神様として神社に残っている、そう考えると平野部にある神社でも巨石を奉っているところがかなりある。また、そういう神社は由緒が古く、御利益も高そうだ。
神社の成立が縄文時代とすると、では当時の人々にとって神様とはどんなものだったのだろうか。現代の我々同様ぼんやりとした、曖昧な存在だったのだろうか。

一つの手掛かりとして先ほどの巨石がある。巨石は多くの山で見ることができるのだが、中にはひどく不自然で人工的に山の斜面に運ばれたとしか考えようがないものもある。そしてそのような巨石はたいてい神の依り代として奉られ、その下に神社が作られていたりする。次に、巨石は平野部でも奉られるようになる。神の神籬(ヒモロギ)として巨石が運ばれ、そこに祭祇場が作られ、そして鳥居が立てられ次第に神社としての形が出来ていったのではないだろうか。
つまり神社とは縄文かそれ以前の人達によって正に神の居場所として作られたのだと思う。そして彼等にとって「神様」はもっと身近でしかも必要な存在だったのではないだろうか。そうでなければ苦労して巨石を運ぶことはなかっただろう。尤も現代の宗教でも金を賭けた巨大な神殿を作ることで神の権威を高めたりしているが、巨石がそういうものだったとはどうも思えない。もっと宇宙的な、現代の我々の能力では理解できない科学的な根拠があるのだと思う。
かなり大胆な推論だが、いろいろな神社を回ってみるとそこにはやはり人知を越えた何者かの気配を感じる。一般には隠されている力のある神社では特にそういうプレッシャーが強い。我々が薄々感じている「神」への畏怖の念は正しいのだと思う。生命の根源としての「神」、その道を外れる事なく生きたいと願うその気持ちこそが人間本来の欲求なのかもしれない。
神社は、古代人が作った人工的な「神」と接する場所である。その意味では現代の神社は正当に受け継がれていると思う。素直な心で参拝すれば、知らず知らずのうちに神様と対話することができているのかもしれない。
2009.12.03