★塩山、塩ノ山はピラミッドか?!

 先日、大菩薩峠を登った時、私は不思議な光景を見た。大菩薩峠から大菩薩零まで尾根を歩くのだが、そこに幾つかの巨大岩座がある。大菩薩峠の道標がある場所、神部岩、雷岩と続く。これらの巨石は塩山市街の方向を向いている。そして塩山の市内には塩ノ山がポツンと聳えている。以前からこの山はピラミッドみたいだな、と思っていたのだが、平地にポツンとある山が全てピラミッドだと言っているようで気後れしていた。実際に側に行ってみると、皆神山のような雰囲気ではなくて、ずいぶん削られて開発されているのだ。もしピラミッドだとしたら、無残なことをされているなぁ…、と危機感を感じてしまうほどである。また、そう主張する確証もない。
 だから、大菩薩峠の尾根上にある巨石が塩ノ山を囲むように位置しているのにびっくりしてしまったのだ。そして斜面の所々に見える巨石も当然ながら塩ノ山に向いている。これはなにを意味しているのだろう。
 私は皆神山「神々の深淵篇」の中で、神についてこう考えている。「神とは、我々とダブって存在する知性であり、パワーそのものである。そして本来人間は神と共にあるべきなのだ。」乱暴な言い方をすれば、神とは「知性のある電気」といってもいい。そして、日本に限らず、巨石遺跡とは神のパワーをコントロールするシステムの名残りではないか、と想像しているのだ。
 山梨周辺では金峰山、瑞墻山、小川山に広がる巨石群。そして南アルプスの甲斐駒ヶ岳、八ヶ岳がこの巨大な神様パワーのネットワークを作っているのだと思う。そしてここ、塩山の塩ノ山も皆神山に劣らないピラミッドとしての構造の中にあると思うのだ。
 地図上で調べてみると、乾徳山もこのネットワークに入るようだ。私は一度ここにも登っている。山頂は巨大な岩で鎖を伝って登らなければならない。変な山だな、と感じていたのだ。

 しかし、これだけでは塩山ピラミッド説を納得していただけないだろう。以前、野澤享司師のライブを見に甲府のハーパーズミルというお店に行ったことがある。時間があったので近所を散歩していたら、なんとここにも善光寺というお寺がある。縁起書を読んでみると長野善光寺と関係があるというのだ。ここは甲斐善光寺として有名で、武田信玄が長野善光寺の本尊を移したとされている。
 私は何気なく、塩ノ山と甲斐善光寺を線で結んでみた。そして皆神山と長野善光寺も。すると、なんとなんと、距離が同じなのである。方角は約100度ほど違うが、互いの距離は約10kmなのである。それがどうした、と言えばそれまでだが、この事実は「善光寺」とピラミッドの関係にミステリアスなものを感じさせる。もともと日本の寺は神社の場所に建てられている。神社が神様パワーのスボットだとしたら、善光寺も以前は別の宗教的遺跡だった可能性がある。そして、全国にある善光寺と名付けられた寺はなんらかの働きを同じようにしているのではないだろうか。
 歴史的にはそれぞれ意味付けがされているのだが、信玄がその場所に善光寺を移したのは、ひょっとしたらもっと別の意味が隠されているのかもしれない。

 時間も資金も無いのでただの戯言としかとられないとは思うが、私なりに皆神山を通じて感じとった古代世界の片鱗をここにも見たような気がしてならないのだ…。

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