★松山晴介ライブIN橋本

 今回のライブでの選曲はとりあえずギター一本でも出来そうな曲ということで考えました。私の場合声も囁くようだしギターも手弾きなので音が小さく、ストリートでやっている人達から見れば「ナニやっとんじゃい!、」と叱られそうなのですが、それも持ち味とあってはしょうがないことなのであります。かなり音を大きくしましたので聞いてみてくだされ。

 2004年はわたくし、松山晴介にとってはライブを再開した年になりました。毎年音楽を再開しなければと思いつつ忙しさの中で時間ばかりが過ぎていくのでありました。そんな中、野澤享司師の誘いで九月に山梨県甲府市のハーパーズミルでのライブに誘われたのが切っ掛けであります。
 それは野澤師のライブだったのですが、その中で三曲ほどやってみない?、と言ってくれたのでした。私としては自信がなかったのですが、御厚意に甘えてやらせていただくことにしたのでした。かなりギターを弾いていなかったので一ヵ月前くらいから練習を再開、とりあえず昔の曲などきちんと唄えるようにしようと頑張ったのでありました。といっても毎日ギターに触れるわけでもなかったのですが、練習を続けるうちに昔の感覚が戻ってきて、自分でも「なかなか好いじゃない、」と思えるときもあるようになったのです。
 ハーパーズミルのご主人の酒田ひさしさんもやはり歌を唄う人で、スタジオも持っていてかなりグレードの高いCDを自主製作してもいるのです。坂田さんのライブの中で、彼が音楽に対してどれだけ思い入れを持ち、どれほど大切にしているかを語っているのを聞いて、自分の中のそんな気持ちをもっと前面に出すべきなのかな、と考えさせられました。最近の私としては、自分の音楽について深く考えることをさぼっていたわけで、別の言い方をすれば過去に於いてものすごくそういうことをしてきたのでそのおつりでやっているようなところがありました。坂田さんの人柄と唄に触れて「それじゃイカン、」と思い知らされたものです。
 坂田さん達との打ち上げで、最近の私の活動の話などになりますと、どうしてもUFOとか皆神山とかの話に話題が行ってしまいます。私としてはこれはかなり特殊な話題なのでいつも慎重に話すことにしています。たいていの人にとってはそんなことどーでもいいことなのだと思うのです。ところがどういう訳か食いつきがいいんですね。どちらかと言えば音楽のことよりもUFOの話の方が展開していく訳ですよ。で、私の場合、UFOとかピラミッドの話題を語りながら人生や人間のあり方に問題点を絞っていくので、余計に興味を深めてしまうようです。
 ともすれば私の唄の世界のことなど誰も覚えていないのです。これがどういうことなのかはなかなか難しい問題なんだけれども、どこかで融合させなければならないことだと感じているのです。

 さて、そのライブで私は江泉さんという人と知り合い、彼の誘いで11月に再びライブに出ることになったのであります。江泉さんは私の唄よりもピラミッドやUFOの話に興味をそそられたようにも見えました。そこで30分ほどのステージですがぜひ、そちらの話もお願いします、ということになったのだ。
 11月はなにかと忙しく、当日の三日前にやっとギターを持てたという有様でした。ハーパーズミルの時だいぶ練習していたので、わずか三日でもなんとか勘を取り戻したとは思うのですが、いかんせん時間切れで本番に向かうことになりました。

 ライブ当日、私は四時に会場に入りリハーサルをすることになりました。その時一緒にライブに出ることになっている海老原よしえさんとも初めて合いました。彼女に限らず江泉さんのスタッフの方々にも初めてあったのであります。とりあえず色々と不安だったので最初にリハに入らせてもらって、予定している唄全部唄ってみました。音響の具合など、自分で気持ち好い、ところまできたので「大丈夫だろう……。」と観念したのでした。
 続いて海老原さんの唄になったのですが、その素直でのびやかな歌声に聞きほれてしまいました。昔だったら「コイツァ叶わないや、」と思うところですが、妙に私の中に安定感がありました。
 海老原さんは唄い初めてまだ二年なのだそうです。年の頃はよく分からないんですが三十代だと思うのです。二人の小学生のお子さんがいて、長野県の諏訪湖の近くの伊那に住んでいるそうです。ある日突然「唄」が彼女の中に入ってきたのだそうです。それで「お母さんは歌手になる。」と宣言して唄い始めたのだそうです。私は大本教の出口ナオを思い起こしました。文盲の出口ナオが突然お筆先といわれる神様の言葉を書くようになったのが大本教の始まりだと言います。海老原さんにそんな話をしたら「私もそうかもしれませんねぇ、」と笑っている。このようなことが本当にあるのである。
 その後、スタッフの柴田さんなんかと話していると、私以上にそういう世界に入っているのである。私は唄の世界ではほとんどUFOとかピラミッドは出さない。むしろ個人的な心の動きを唄にしているので、全く別ものの世界なのである。海老原さんはむしろそのことをダイレクトに唄にしている。だからこそ素晴らしいインパクトを聞く者に与えるのだと思う。この違いは大きいのである。
 そんな話をしている時、私は滅多に言わない、「自分はアダムスキーフォロアーだ、」と宣言してしまったのです。だからといって誰も反発を持つようなことはなく、自分もそうかもしれない…、といった反応に私は驚いてしまった。
 UFOだのピラミッドだのやっているとだいたい個性的な人が多くてみんな一家言あってまとまらない。アダムスキー問題一つとっても嘘だ本当だと議論はきりがなく、その上これがかなり深刻な問題を孕んでいるものだから遊びでは済まされない部分もあるのだ。だから出来れば触れたくない、といつも思っているのだが、彼等の前では自分の正体を明かすような感じで言ってしまった。
 尤も私は世間一般にイメージされているUFOマニアではないし、アダムスキー研究家といってもたぶんかなり毛色が変わっている方だと思う。今更宇宙人がいるのかいないのか議論するのも面倒なので、「いると思えばいるし、いなくたってたいして変わらないよ、」といっている。現実に彼等が我々の前に出てこないんだからこんな議論は無意味である。ただ、人間の存在理由を宇宙にまで広げて考える時、宇宙は生命に溢れ、人間はどこにでもいる、と考えた方が私は納得いく、ということだ。
 ピラミッドが本当にその通りの意味を持つとしたら、地球の過去の文明は宇宙人と大いに関わり、現在よりも進んだ生き方をしていたことになる。でも、仏教の経典だって聖書だって、日本の記紀だってみんな宇宙人の存在を肯定しているし、彼等と深く関わりあっているとされているのに、現代科学では否定している。要は人間は生まれて死ぬという事実があるのだ。死ぬことについてはみんなよく考えるけど、生まれることについてはあんまり追求しないのと同じで、即物的な損得だけが我々の関心事なだけだ。だから下手に超能力だのUFOを口にするとその真意を受け取ってくれる人はほとんどいない。説明するのも疲れるので出来るだけ言わないでいるのだ。
 しかし、ここに集まっている人達はどうやら同じ波長の中にいるようだと感じたのだ。そして、こんな人達と出会ったことが妙に嬉しかった。

 さて、ライブの方だが、江泉さん、JIMBOさんという若い方が元気な唄を聞かせてくれ、海老原さんが彼女の世界にたっぷり浸らせてくれた後休憩を挟んで私の出番だった。私としてはけっこう楽しんでやったつもりで、時間もアッという間に経ってしまったのだが、後でビデオを見たらけっこうとちりまくっていたなぁ…。そして最後に山辺清美さんがジャズのピアノの弾き語りを披露してくれた。実は白状すると、私は山辺さんのステージは見ていなかった。どうしても緊張の後で気が高ぶっていて、外で海老原さんとずっと話をしていたのだ。見に来てくれた友人の話では山辺さんのステージもなかなか良かったとのことで、仕方ないこととはいえもう少し見ておけばと思っている。

 ずっと、私にとって課題だったのだが、いつもライブの後で反省するのは、本当の自分を出し切れたか?、という疑問である。この日のライブで海老原さんのCDは来ていた人の半分が買っていった。私のは全滅。私自身も彼女のCDを買ってしまったので、彼女が素晴らしかったのは文句がない。ただ、その時私が強く思ったのは、彼女は100%自分を出し切っていた、ということだ。そして私は自分を全部出していなかった、という不満である。
 私の唄の世界はギター一本ではどうしても制限されてしまう。だからこそ自分の思う音をステージで出してみたいと思っているのだ。それができれば思い残すことはない。次回はそのことに専念しようと決心したのだった。
 あらゆる意味で自分を出し切ること。これが私に課せられた課題であることがはっきりした。松山晴介はこれからが面白いぞ。と自分でもワクワクしようと思っている。


海老原よしえさんと松山晴介

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