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2004.6.27−28.IZUMO休憩隊は遂に八ヶ岳に挑戦することになった。IZUMO隊長の計画は朝、八時頃出発し、お昼に美濃戸から登りだし、行者小屋を越えてその日のうちに赤岳展望荘まで登り、翌日赤岳、横岳、硫黄岳を巡って下山するというやや強硬なものであった。GIZUMOは心を引き締めてかかったのである。心配なのはここのところずっと歩いていないK氏である。GIZUMOが「ほんとにK氏も行くの?、」と聞くと「行きますよぉー!、」と気張って言うので大丈夫だと感じた。
当日、天気は曇りである。かなり気温が高く湿度も高い。赤岳付近は雲に覆われているがとにかく先を信じて出発をした。道は順調で美濃戸口まではスイスイ来た。ここから美濃戸山荘まではかなりの悪路である。IZUMO氏の愛車GOLFは車高を低くしてあるのでかなり腹を石に擦ってしまった。IZUMO氏は平静を装いながらも心で泣いている。ちょっとだけ愉快。
美濃戸山荘の駐車場に車を置いていよいよ出発である。GIZUMOのリュックには実はスパークリングワインなど隠していて重さは12キロほどある。背負うとかなり重い。でも、たぶん行けるだろう、という自信はある。K氏はそれまでのタンパン姿から登山用の服に着替えている。とにかくオシャレが趣味なのでいろいろな服を持ってきてとっかえひっかえ着るのである。それだけでもリュックは重くなる。その上巨大なレンズ付きのカメラなどウェストバックを腰に三個をつけている。よほどの自信らしい。IZUMO氏はここでは元気がない。さっき愛車の腹を嫌というほど擦ったのもあるが、「なんか嫌な予感がするんですよねぇー。」と渋っている。そういわれるとGIZUMOも闘志がはぐらかされてしまう。
美濃戸から北沢経由でいよいよ出発である。GIZUMOを先頭にK氏、IZUMO氏の順で登っていく。沢沿いの趣のある登山道である。傾斜はそれほどきついというわけではないが、それでもときおり急な岩場を越えなければならない。背中のリュックが重い。最初のうちは余裕でカメラを持って景色や花を撮りまくっていたK氏も、20分も登るとかなり息が上がってきた。K氏はこの日のためにリュック、ストック、登山靴など約4万円もかけて装備を整えている。それだけやる気があるんだから登り切るだろうとGIZUMOは確信していたのだ。K氏はさっそくその買い揃えた新しいストックを出して使い始めた。湿度が高い為か額にじっとり汗をかく感じで確かに辛い。それでもまだ登り始めたばかりである。
休憩をはさみながらもコースタイムに余裕がないのでGIZUMOは早いペースで登るようにしていた。IZUMO氏はK氏に相談されたのかK氏が買い揃えたものをよく知っていて、GIZUMOの知らない登山用の水筒だとか次々に出てくる。K氏がGIZUMOを出し抜こうと頑張ったのは確かなようである。
一時間も過ぎると早くもK氏がグロッキーになってしまった。IZUMO氏のアドバイスで腰のまわりに付けていたカメラなどをリュックにしまい、少し歩き易い態勢に整えた。「なんだよ、せっかくそこまで買い揃えたんだからしっかり頑張ろうよ、」とGIZUMOが励ますのだが、下から「K氏は格好から入るほうだからねぇー、」と釘を指す。「そうだねぇ、やっぱ、格好から入っても足が駄目なんだなぁ……。」K氏もしょぼくれてくる。「こりゃ、この先やばいなぁ……、」GIZUMOは不安を感じた。
一時間半も登り、やがて白河原と呼ばれる付近まで来るとやはり山の事で一遍俄かに掻き曇り雨が降ってきた。「やばい、雨具を出しましょう。」IZUMO氏の声でGIZUMOはリュックを下ろした。こんなこともあろうかと、雨具はすぐに出せるように入れておいたので素早く着ることができた。GIZUMOはリュックカバーなど買う余裕がなかったので大きなゴミ袋でリュックを覆った。ところがK氏は雨具を奥底にしまっていたようでなかなか出せない。我々が支度できた後もまだ雨具を捜している状態で、その間雨は本降りになってずぶ濡れになってしまった。K氏はけっきょくかなり濡れてしまってから雨具を着けたことになる。その時我々は森の中にいたのでそれでもまだ濡れなかった方だと思う。
雨の中をとにかく行者小屋を目指しているとしたから「ウアー!、」という声がする。GIZUMOが立ち止まって見ているのだが二人が登ってくる様子がない。どうしたのか、と見に行くとIZUMO氏がK氏を支えている。「足がつっちゃったらしいんですよ。」とIZUMO氏。K氏も済まなさそうにこっちを見ている。「大丈夫?、」GIZUMOも飛んでいった。どうやらつる寸前だったようで完全につっているわけではなさそうだった。「とにかく行者小屋まで行きましょう、」「じゃ、ゆっくりいこう。」
そこからはK氏に合わせてスローペース。「今日は行者小屋に泊まって明日登ろう、」などとGIZUMOは自分に言い聞かせていた。K氏もかなり苦しそうだがなんとか頑張っている。「もう少しだよ、」というGIZUMOの声もまったく信じない様子で、苦しそうな顔で黙々と登っている。
二十分ほどでGIZUMOの目に行者小屋が飛び込んできた。「K氏、着いたよ、」と言っても本当に信じない。「本当ですかぁ?、」IZUMO氏が聞いたので「本当だよ、すぐそこに見えてるよ、」と答えた。やっとK氏も信じたようだ。
行者小屋は思ったより大きかった。二人の登山者がテラスで雨宿りしている。我々はやっとたどり着いた、という感じでなだれ込んだ。IZUMO氏が宿泊の話をつけている。上の展望荘に断りの電話を入れなければならないのだが、そのために十五分くらい登ったところにある展望台まで行かなければならなかった。その間にGIZUMOはK氏の荷物などを上げ、宿泊代を立て替えたりしていた。宿泊所は二階の大広間でかなり広い。四人寝れるブロックが十ヵ所ほどある板の間でストーブと火燵がある。ここでK氏は落ち着いたのか又々着替えていた。
夕食まではまだかなり時間があるのでGIZUMOはさっそく酒を出して飲みはじめてしまった。スパークリングワインのほかに焼酎を持ってきていた。小屋のおねえさんに頼んでお湯をもらってチビチビはじめた。
GIZUMOとしてはどうしても赤岳に登りたいという気持ちが強かったので、明日はどうするか、K氏は大丈夫か、という話題になってしまう。K氏は完全に自信喪失してしまって、ときおりIZUMO氏が指摘する「格好から入る。」「失敗から学ばない。」などという苦言に打ちひしがれている。それに輪をかけるようにGIZUMOが責め立ててしまったようだ。
行者小屋の素敵な夕食をとった後、GIZUMOは食べたものをすっかり吐いてしまって、そのまま寝てしまった。この日、我々のほかにもおじさん、おばさんの客がいて消灯近くまで騒いでいたらしい。GIZUMOはそんなことも知らずにすっかり寝入ってしまった。K氏はなかなか寝つけなかったようだ。
朝、五時に起床。GIZUMOはすっかり気分が好いのだが天気は相変わらず曇天である。外に出ているとIZUMO氏とK氏も下りてきた。「今日はどうですかねぇ、」GIZUMOは行く気満々なのだがIZUMO氏は冷静に状況を分析しているようだった。朝食まで一緒に行動していたK氏だがあまり発言もなくおとなしい。朝食後、GIZUMOとIZUMO氏はコーヒーを頼んで相談をしているのだがK氏は寄りつかない。そうこうしているとザァー、と雨が降ってきた。これでGIZUMOも諦めがついたので「今日は止めて下山しよう。」とIZUMO氏に告げた。「そうですね、」とIZUMO氏。「そのかわり清里に寄って温泉に入っていこう。」とGIZUMOはそっちに楽しみをまわした。K氏は外のテラスでぼんやりと雨を見ながらタバコを燻らしていた。「K氏、今日はこのまま下山しよう。」と声をかけると、ちょっと嬉しそうに「いいの?、」と言ってきた。「この雨じゃしょうがないよ。」「そうだよね。」ということでやっと笑顔を見せた。いつものことだが、下山と決定した途端に空は晴れて赤岳がくっきりと姿を表した。既に準備を整えて外に出た三人はそれをバックに記念写真など撮りまくった。GIZUMOとしては「登りたかったなぁ……、」というのが正直な気持ちである。「いつか、また来れるのかなぁ……、」名残惜しい気持ちで歩きはじめた。

IZUMO氏の提案で下山は赤岳鉱泉をまわっていく別のルートをとることにした。昨日IZUMO氏が電話をかけにいった展望台にとりあえず登ることにした。あの時、IZUMO氏はかなり怖かったらしい。いつ熊に出会うかとドキドキして大きな声で唄など歌いながら歩いたという。展望台の手前に登山道との分岐点がある。ここまでK氏はどうにも冴えない顔をしているのだ。また、GIZUMOが突然「やっぱり登ろうか、」と言い出すのではないか、と心配だったらしい。そこを過ぎて本当に下山するのを確認するや急に明るくなって軽口をたたきだした。「このやろぉー、」と内心思ったのはGIZUMOだけではないだろう。それでもK氏が元気を出してくれたのだからこれで由とするか。
下山ルートはやはり高山らしい雰囲気で苦にならないものだった。ただ、下りに弱いGIZUMOは靴の底が薄くて石が足に当たって痛くなってしまった。やはり安い靴は駄目である。長い下りには覿面である。その点下りに強いK氏は昨日のテイタラクなど無かったような元気振りである。そしてお昼には車に着いてしまった。
今回の山行きは完全な失敗である。その最大原因はなんと言ってもお天気である。そして初めての2000メートル以上の山に挑戦したGIZUMOとK氏の心構えの甘さもある。今回はK氏のダウンばかりがクローズアップされてしまったが安い靴で行ったGIZUMOも、もしあのまま予定通り登っていたらどこかでダウンしたかもしれないのだ。GIZUMOの「登りたい」という意欲ばかりが先立って、もっとゆとりのある登山ができれば楽しく終わることができたのだと思う。こういう失敗を糧にいつの日か、登れる日が来ることを信じて筆を置くことにしよう。

