
2003.07.31、GIZUMOの提案で飯能市の奥にある名栗村、竹寺に行くことになった。メンバーは隊長のK氏、ほぼ二ヵ月ぶりの参加になるO氏、そして登山家のIZUMO氏、GIZUMOの四人である。いつものようにIZUMO氏の車(GOLF)に四人で乗っていく。IZUMO氏の車にはナビがあって、コースについてはナビとGIZUMOの間でよく見解の相違があるのだ。今回もGIZUMOの案が優先され、より遠い高尾経由のコースを行くことになったのだ。このコースは高尾さえ抜けてしまえばあとは信号のない山道が続くのでドライブにはいいのだが、どうしても出発が遅くなってしまう登山部の山行きでは短いコースの方が良かったかもしれない。
夏休みとはいえ平日ともあって名栗村は静かであります。登山口を発見、近くの村の健康センターの人に許可を得て車を停めさせてもらうことになりました。12:30、いよいよ登山を開始したのでありました。
登山道はかなり急な山道が続きます。GIZUMOを先頭にO氏、K氏。IZUMO氏と続きます。このメンバーで登りはじめるとバトルのような会話になるのが常でございます。たいていはGIZUMOが攻撃され、いかに反撃していくかが問題なのですが、このところ膝の痛みで無様なことになることがないので皆は攻めあぐねているのであります。K氏などは3月の三頭山での体調不良をいまだにネタにされている始末なのであります。。あな恐ろしや。GIZUMOは入口で杖に丁度いい枯れ枝を手に入れたのですが、IZUMO氏、K氏の攻撃にあい、結局O氏に渡すことになってしまったのでございます。おかげでO氏はずいぶん楽だったらしい。やはり登山に杖は有効なんだなあ。
日暮し、鶯の声に迎えられながら、急な山道が続きます。GIZUMOは最近は登りはあまり苦にならないようになっています。一度休憩をとっただけで約一時間登り続け、ようやく峠にたどり着きました。あとは緩やかな下り坂がしばらく続きます。こうなるとハイキングペースになるのでみんな口が滑らかになるのであります。
10分ほど下ると、O氏が「あれじゃないの?、」と寺の屋根を発見。「なんか音がしませんか、」とIZUMO氏。よーく耳を澄ませるとなにやらオーケストラのチューニングのような音が聞こえる。「お祭りでもやってるんじゃないの、」GIZUMOはそんなことを言いながら近くなった竹寺に思いを馳せるのでありました。「あれだあれだ、」K氏が竹寺を発見。上のほうから降りてきたので、竹寺の一番奥の本殿に最初に着いてしまったのだ。

「ずいぶん新しいなぁ……、」O氏が本殿の様子を見て呟いた。確かに藁葺きの屋根など真新しい。さて、音の正体はというと、境内所々で学生らしき若い男女がトランペットだのトロンボーンなどあらゆる管楽器を鳴らしていたのである。どうやら合宿でもやっているらしい。静かな山寺の雰囲気を味わうには最悪の音である。しかも、リュックを背負ったオッサンのハイカーの存在はもっと不似合いで、非常に場違いなところに来てしまった感じである。それでも強引に見学を開始するのである。
立て看板によると、この竹寺は明治の頃におこった神社と寺の解体運動から逃れた数少ない存在なのだという。確かに境内には神社と寺が渾然一体としている。(昔はずっとこんな不可思議な形が一般的だったのである。ここではその不自然さを体感できるのである。)新しくした本殿は神社である。その下の合宿所は寺なのである。ここは山寺で人里離れているのでそれほど違和感はないが、これが町中だったらかなり変だと思う。
寺の入口近くにある南国風のしもた屋でおにぎりなどを食べたのであります。プープーと管楽器の音が乱れる中、風情もなにもなく、蚊に刺されながらの食事でありました。寺の中は竹寺というほどですから、たいへん立派な竹林があります。また、その竹を使ってフィリピンの職人が建てたしもた屋があり、我々はそこで食事をしたのであります。その先にはちょっとアニメチックな大きな午頭明王の像があります。GIZUMOは一人奥の竹林に足を伸ばし、しばし竹の匂いの中に身を沈めたのでありました。帰りがけにフレンチホルンを吹いていた女の子に聞いてみたら「高校のブラスバンドの合宿です。今日から四日間います。」ということでした。女の子が7:3の割合で多いようです。ああ、もう一度高校生に戻りたい、とつくづく思うのであります。
合宿所になっている寺の入口に御守りだのお土産だの置いてありました。そこに入ってしばし見学。竹を使った商品が多いです。GIZUMOはそこで竹の羊羹を購入。応対に出たご主人(ここでは住職さんと言うべきなのか、はたまた神主さんと言うべきなのか、あるいは管理人さんなのか、よくわかりません。)曰く、竹を粉にして作ったものでここでしか手に入らない珍しい羊羹なのだそうです。ついでに帰り道の話を聞いて、林道があることがわかりました。そっちの方がやや楽かもしれないということでありました。
O氏はここに二十数年前に来たことがあるそうで、「いやー、ここは変わってないなぁ、」などと懐かしがっておりました。この歳になって思うのですが、三十年くらい前のことなど、つい昨日のことのように思われます。若い人から見たらなんだと思うでしょうねえ。我々が年上の人の懐かしい話を聞くのとちょっと違うのは、社会の状況があまり変わっていないということではないでしょうか。我々の父親世代の歌う唄は、軍歌など、時代が反映されているのだが、我々の育った時代と現代とでは、精神的な時代背景がそれほど変わっていないような気がする。そんなことが影響して、我々世代の懐かしさはそれほど古くさくないのではないかと思うのである。O氏の感慨が少しわかるような気がする。「まだ子供が五歳のときだもんなぁ、」といいながらも、それがつい昨日のことのように思われるのである。やっぱりGIZUMOも歳をとったのかなあ。
小一時間竹寺に居て、帰途に就くことにした。K氏が「同じ道はいやだな、」というので林道で帰ることになったのであります。しばらく下りが続きます。舗装道路なので足は楽なんですが、やはり下りはいろいろと筋肉に負担がかかるのできついです。もちろんGIZUMOの膝は痛くなることはありませんが、足全体、および腰にかなりきています。二十分ほど下ってようやく林道に入ります。「どのくらいあるんですかぁ?、」IZUMO氏が聞くので、GIZUMOは竹寺で聞いた「車で十五分といってたなぁ、」と答えたのであります。IZUMO氏はざっと計算して、歩いて一時間ちょっとくらいではないかと判断したようであります。林道はゆるい登りがずっと続いていきます。「あそこがピークですね。」などとIZUMO氏が言う度に、次のピークが顔を覗かせます。「アー、もう言うのやめた、」長い上り坂に次第に疲れが出てきます。
林道とはいえ車に出会うことはありません。登り口でバイクが一台すれ違っただけで、蝉と鶯の声だけが響いています。周囲もほとんど杉の林で眺めがいいというわけでもありません。単調な登りが続くだけなのであります。一時間ほど登ると、ようやくピークらしき場所に到着。見晴らしもいいので小休止をとることになりました。しかしその周囲をよく見ると、不法投棄のゴミが散乱しています。みんな腹がたっているようです。本当に日本全国、ちょっとした山の中に入ると不法投棄が目につきます。こういうことをする連中が悪いのは当然なのですが、そうさせてしまうシステムにも問題があるように思います。なによりもこういう現象は人の心を荒ませてしまうし、荒んだ人間の仕業でもあるのです。なんとかしなくちゃしょうがないですよね。

その先では林道の脇の草を刈っている一団と出会いました。「名栗までどのくらいですかね、」と聞くと、「まだかなりあるよぉ、」と脅かされてしまいました。「まだ遠いんだぁ……、」と落胆するK氏に「遠いといっても個人の主観ですからね、」とIZUMO氏が慰めているのでした。そこからは下りで、「もう少し、もう少し、」という思いでズンズン下っていきます。三十分ほど下ったところに広い切り開かれた場所があり、人が一人ポツンと立っています。「下まで車でどのくらいですかね、」O氏が声をかけています。立っていたのはまだ若い青年で、作業着姿です。「いやー、車で来たんじゃないのでわかりません。」いったいなにをしているのかと思ったら、伐採した木を運ぶヘリコプターの燃料を補給する係なのだそうです。一時間に一回補給しなければならないんだそうで、みんなで感心することしきりだったのであります。
それからに十分も下ると、ようやく名栗の街道に突き当たりました。GIZUMOとO氏はかなり先行し、K氏とIZUMO氏はかなり遅れていました。十分ほど街道を歩いてようやく車に到着。今回はかなり歩いた感じです。
それから名栗のダムに寄ってしばらく見物しました。以前来たときよりかなり水量が少なく、けっこう雨が多い年なのに不思議であります。もう夕方ですので人気もなく、かなり淋しい風情であります。ダムの下にはこれから行く日帰り温泉「さわらびの湯」が見えています。しばらく休んで湯に向かいました。
さわらびの湯の入口は閑散としていて「これって休みなんじゃないの?、」という声も上がるほどだったのであります。が、奥に行くとけっこう車が停まっていて一安心。中に入るとけっこう大勢人がいて賑わっていました。ちょうど人が引く時間だったらしく、湯船は貸切り状態。GIZUMOはいつも湯に入るとうつ伏せになって腰を伸ばすのであります。「まるでアザラシのようだ、」と笑っていたIZUMO氏でありましたが、今ではK氏と三人揃って同じようにうつ伏せになっているのであります。比較的こじんまりとしたさわらびの湯クラスで貸切り状態になると解放感が違います。三人でアザラシ状態になっても全然平気なのであります。ここの湯はかなり利くようで、いつもは長湯のGIZUMOもそう長くは入っていられません。でも、これが体の疲れを取ってくれるんですよね。翌日の疲れが全然違うのであります。

湯から上がると、O氏がビールを勧めてくれるのでついつい飲んでしまいました。運転するIZUMO氏はかなり不機嫌そうにウーロン茶を飲んでおります。アー、愉快愉快。つまみは全部自動販売機のものでカラアゲとかタコヤキとか太るものばっかり。けっこう飲んで食ってしまいました。
お湯に入ってしたたかビールを飲んだO氏とGIZUMOは帰りの車で熟睡。あっという間に八王子についてしまいました。今回の山行きはそれなりに楽しいものでした。でも、正直な印象は「よく歩いたなぁ、」というものであります。十二時半に登りはじめて五時に帰ってきました。休憩を入れて一時間ほど止まっていたので、都合三時間半、歩いていたわけです。この程度で疲れていては、六時間、七時間の行程の山などまだまだ無理のようです。GIZUMOとしては皆神山の取材などでもっときつい山に登る計画があるので、鍛える必要があります。次回はもう少し長い山行きを単独で行くつもりなのであります。大丈夫かなぁ……。なにはともあれ、お疲れさまでございました。

