★生藤山−劇場版「トリック」のロケ地に挑んでしまいました。

2004.02.05

 登山部の活動は最近二つの流れが出てきたように思う。一つはハイキング的な、たいしてきつくないコースを皆で楽しむという流れ。もう一つは自分の体力の限界に挑むようなきつい山に行こうという流れである。私はどちらかというと後者のほうで、昨年の水牆山、大岳山など進んでいってしまう。K氏はどちらかというと花などを愛でながらのんびり歩くのが好きで、楽なコースだとニコニコしている。IZUMO氏はどちらでもいいというが、内心は楽に行きたいんじゃないかな。
 さて、今回は私の提案で陣馬山の後ろ側にある藤野の生藤山に挑戦することになった。コースタイムは六時間ほどで、標高は約千メートル、かなり登りがいのある山である。あちこちにルートがあるので、余裕があれば陣馬まで足を伸ばそうという、「IZUMO休憩隊」としてはかなりハードな山行きである。メンバーは私、GIZUMOとIZUMO氏、K氏のレギュラーに又々川崎真吾が加わった。川崎にとっては前回の物足りなさをカバーするには充分なコースだと思う。
 7時にGIZUMOの家を出発予定だった。川崎が来れるかどうかは半々だったのだが、なんと約束の時間前にやってきた。IZUMO氏が少し遅れて三人で出発。K氏を拾って相模湖に向かった。K氏の運転で遠回りの不安を抱きつつ無事に藤野に到着。登り口の鎌沢のバス停横の駐車場が我々を待っていたかのように一台分開いていた。予定よりやや遅れて九時半に登り始めた。
 久し振りの本格的な山で、九時半とはいえまだ朝の雰囲気が残っていて清々しい。このコースは最初の車道歩きが最も勾配があってきついと書いてある。都民の森の三頭山の徹を踏まないようにK氏には絶対に調子に乗って飛ばさないように注意したのである。
 ああだこうだ言いながら山あいの茶畑を抜けて登り続けると、「竹の子の里」という看板が見えてくる。たぶんなにかの施設なのだろうと思うが、この日は閉まっていた。この少し先に休憩所があり、ここからようやく登山道に入る。休憩所で一服。陣馬山が正面に見える。頂上が水平に見えるのでこの位置で既に陣馬山と同じくらい登ったのだろうか……。そんなわけないか。可愛いトイレがあって、GIZUMOはとりあえず用をたしておいた。のどかな田舎の風景である。若い女性がノートをとっている。よく見ると電波を計っているお年寄りもいる。IZUMO氏がしきりに推理している。電波状況を調べている村役場の人ではないかという。もしかしたら電波発信機をつけた野性の猿か鹿の追跡調査かもしれない。どちらにしてもちょっと不釣り合いな女の子の出現であった。山で合うとなぜかみんな美人に見えるのはどうしてだ?。
 ここから先はGIZUMOはあまり覚えていないのだ。と言うのはあれよあれよという間に最初のピーク三国山に到着してしまったからだ。思い出せば途中、大きな峠で休憩したのだが、そこではK氏が水を汲みに行くの行かないので騒いでいたのは覚えているのだが、スー、と来てしまった感じなのだ。三国山の頂上に到着してようやく一息といった感じである。
 三国山の頂上からの景色は素晴らしいものだった。やはり一番印象に残ったのは、去年あれほど辛い思いをして登った陣馬山がずいぶん下に見えたことだろう。この日は残念ながら双眼鏡を忘れてしまったのだが、K氏が持ってきた小さな双眼鏡で陣馬の白馬を見たときには複雑な感慨があった。
 ここで昼食といきたかったのだが、俄かに風が強くなってきたのでこの先の生藤山まで行くことにした。K氏が「えー?、」と声をあげたが、すぐそこだと分かると先頭を切って「行きますよー、」ときたもんだ。
 生藤山山頂は三国山の四分の一くらいの広さだがちゃんとベンチもあって過ごしやすい。先客と入れ替わりにベンチに陣取ってお弁当を広げた。もちろんK氏は自慢のイスに座っている。今回は川崎がお手製ながら男の定番料理、ウィンナーと玉子を炒めたのをたくさん持ってきている。ちょこっと貰ったがなかなか美味しかった。やっぱりお弁当はこれである。GIZUMOのように煮物とかサラダだけというのは淋しい。GIZUMOは今回、水筒に暖かいココアを持ってきていた。寒い山頂で飲むココアは格別である。みんなに一杯ずつ回し飲みで飲んでもらった。なかなかの評判であった。
 さて、昼食も終え、休憩も十分とった「IZUMO休憩隊」はいよいよ今回の最高地点、連行山を目指すことになった。とはいっても、今回はどういう訳かとても辛い、というコースがない。なんとなく楽でコースを楽しんで行けるのだ。しかし、1000メートル近い山である。北側に入ると一面の雪景色に一変する。川崎の靴がかなり滑りやすくなっているので、仕方なくGIZUMOのストックを貸すことになった。ところがこの雪模様もほんの十分ほど歩くとなくなってしまった。「もう、いらない、」というので又々GIZUMOのリュックにストックをしまった。とても面倒臭い。
 30分くらいで連行山頂上に到達。とりあえず700メートル近く登ったのである。今回はほんとに楽である。どうしてだろう。コースが緩やかできついところも短かったからだろうか。実は、今回はこのまま陣馬まで行こうという計画である。だからここで感動してはいられないのだ、まだまだ先は長い。そんな心理があってそう感じるのかもしれない。「あんまりのんびりしていられませんよ。」IZUMO氏が急かしてそそくさと下りに入った。

 それから約一時間、我々は黙々と下っていった。途中やや急なところもあったが、これといって強く印象に残る場所もなく、わりと淡々と下っていった。やがて「醍醐丸・和田分岐」に出た。以外に早く来た感じだ。時計を見ると2時半である。非常に微妙な時間である。「どうします?、陣馬まで行くんなら急ぎましょう。」IZUMO氏はやる気満々である。K氏はちょっと疲れ気味、川崎も微妙な感じである。GIZUMOは半々でとても迷っていた。どう判断しようかと考えていたときである。さっきから鳴っていた遠雷がかなり大きくなってきている。以前陣馬に来た時大雨に出会ったことが思い出される。あのときは夏だったのでまだよかったが、この時期の雨は取り返しがつかない。「あの天鼓の音が気になるなぁ……、」GIZUMOの言葉に「この時期に夕立はありえないですよ、」とIZUMO氏が切り返す。「でも、もし降ってきたらどうする?、」「うーん……、どうしましょうか……、」この間、行く方に傾くと顔が曇り、下りる方に傾くとニコニコするK氏がとても面白く、GIZUMOとIZUMO氏とわざと行くの行かないのと言い合っていた。結局、迷った時は下山するという鉄則に従って下りることにした。確かに時間的に言ってもこのまま行けばかなりの強行軍になってしまう。GIZUMOとIZUMO氏はなんとかなるかもしれないが、川崎やK氏はダウンしてしまうかもしれない。そう考えれば正しい選択だったのだと思う。
 ところが、ここからの下りは結構きつかった。急傾斜地にとりあえずジグザグに道は切ってあるのだが、一本調子での下りはけっこう足にくる。こういう事態になると川崎が一番元気である。若さというかなんというか、ドンドン先に下っていってしまう。
 かなり下ったところでようやく家が見えてきた。やっと道路に出たのかと思いきや、これがコースガイドにある離れの一軒家なのである。IZUMO氏はこんなところでどんな暮らしをしているのだろう、と興味津々である。確かに車道まではまだかなりあるし、車で簡単に入ってこれる場所でもない。庭先にバイクがあったのでちょっと納得である。家を背中に少し下ると小川に出くわす。とりあえずここで休憩をとる。清水が出ていて、飲んでも大丈夫そうなので口に含んでみた。ミネラルたっぷりの本当の美味しい水である。GIZUMOはココアを持ってきた水筒にこの水を入れて持って帰った。こんな美味しい水を飲もうとしないIZUMO氏達は損をしたね。
 車道まではそこからすぐであった。少し下ると集落に出る。バスの終点から来たであろう女子高生が向こうから歩いてくる。いっぺんに普段の生活に戻ってしまう瞬間である。でも、こんなところから学校に通うのは大変だろうなぁ、などと思ってしまった。しばらく行くとバスの終点があり、そこには「陣馬自然公園センター」という立派な施設があった。誰言うともなく我々はそこに入っていった。中には巨大な山の模型、ジオラマがある。川崎が一番に山の名前が書いてあるボタンを押して「我々は今日あそこに登ったんですね、」などといっている。この近辺の山の位置関係が一目で分かるので面白い。「そうかぁ……、けっこう登ったんだなぁ……、」とGIZUMOは思ったのである。
 そこから車まではバス停で一駅なので十五分ほどで着いた。いつもの通り帰ってみれば四時半である。やはりかなり疲れが出る。帰りの道すがらGIZUMOとIZUMO氏は次ぎなる登山の計画としてここから陣馬山に登って高尾に抜けようなどと話していた。心は次の登山に向いていたのである。そんなことだから今回の登山はあまり印象に残らなかったのかもしれない、などと今にして思うのである。
 この後は藤野温泉病院が新しく作ったという日帰り湯に寄って帰った。ちょっと狭いがお湯は最高である。特に樽に浸かる湯船はまるで母親の胎内に回帰したような安らぎを覚える。GIZUMOはたぶん二十分くらい入っていたと思う。ここはまた来たい湯の一つである。

 後日、劇場版「トリック」を見ていたら、舞台になっている秘境の村の風景がどうも見たことある感じなのである。その後メイキングを見ていたら、なんと我々が通った「竹の子の里活性化センター」が映っているではないか!!。こういうことがあるとものすごーく得した気分になるGIZUMOなのであった。むはははは、

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