
●最初の一発
2005年第二弾の山行きは2月23日、春一番が吹き荒れる妙に暖かい日に奥多摩浅間嶺に行くことになった。最初の計画は陣馬から高尾に抜ける、昨年も行ったコースだったのだが、直前にIZUMO隊長がこのコースに変えた。GIZUMOとしても一度歩いたところよりも未知のコースの方が楽しいので一も二もなく同意したのであった。
メンバーはいつものK氏、GIZUMO、IZUMO隊長の三人である。予報ではこの日は春一番が吹き荒れるということだった。花粉症のGIZUMOは強風の中、花粉のメッカに突撃するのに一抹の不安もあったが、まだ飛散にはちょっとばかり早いような気もしていた。
実はGIZUMOは前日二時まで仕事で寝ていなかったのだ。朝も起こされてからずっと「行くの止めようかなぁ…、」と考えていたのだがきっとIZUMO隊長が怒るだろうと思うと言い出せなかった。体調も肩が凝っていて良くないのだがここは思い切って行くことに決めたのだ。だからGIZUMOとしてはかなりハンデがあるのだ。こういう時の二人は容赦無く他人の不調を喜ぶのでなんとかせねばならないのである。
約束通り早朝六時半、IZUMO氏の愛車GOLFが迎えに来てくれた。K氏の運転で五日市に向かった。道は空いていて快調だった。GIZUMOは時折襲ってくる睡魔と戦いながら話を合わせていた。五日市を過ぎて最後のコンビニで食料を買い込んだ。とても田舎臭いコンビニである。旅情を感じたりする。
八時に払沢の滝の駐車場に到着。着替えをするのだが空気が暖かい。まだ風は吹いていないので妙な感じがする。毎回違うファッションで楽しませてくれるのはK氏だが、IZUMO隊長も今日は真新しい上着を着ている。奥さんに内緒でモンベルの上着を買ったのだという。中にゴアテックスが仕込んである高級品である。こういうものには金をかけるよなぁ…。
ここでGIZUMOは「それにしてもIZUMO隊長は足が短いよなぁ……、」と一発食らわしたのである。途端にIZUMO隊長がムッとした顔になった。せっかくモンベルのシャツを新調した途端に「足が短い」はないだろう、と顔に書いてある。「なにが腹がたつってGIZUMOさんに言われたことだ、」と怒るIZUMO氏をここぞとばかりにK氏がヘラヘラ笑って追い打ちをかける。早くも微妙な心理戦が始まったのである。
さて、いよいよ出発である。少しばかり車道を登るとすぐに登山道に入る。杉に囲まれた緩やかな登りで、エンジンをかけるには最適なコースである。五、六分登ったところで「アーッ!!」とIZUMO隊長が叫んだ。「弁当を忘れた。」さっきコンビニで買った食料を忘れたらしい。大好きなアンドーナツやイチゴクリームサンドが入っている。「ちょっと取ってきます。」と走り去った。「あんな大事なものを忘れるなんてIZUMOさんどうかしてるね。」とK氏が嬉しそうにタバコを吹かした。「さっきの一発が効いたね。これでIZUMO隊長は今日はボロボロだな…。」GIZUMOの作戦が早くも功を奏したのだった。
●峠の茶屋
十分ほどでIZUMO氏がバツの悪そうな顔で戻ってきた。ここからはあまり傷を深めず大人の対応で登山を楽しむことにした。道はときおり車道に出たりしながらドンドン登っていく。といっても急なところはなく、この辺りの民家を縫うように続いている。このままでは他人の家の敷地に入ってしまうのではないか、と思われる道もあった。しばらく登ると目の前に小さな御堂が現れ、その上に出ると眼下に時坂の集落が見渡せる。時代劇のワンシーンのような光景である。ここで一服。GIZUMOはトレーナーを脱いでリュックにしまった。
再び登り始める。車道に出てしばらく登ると左手に展望が開けて奥多摩三山の一つ大岳山が見えてくる。左に目を移せば御前山も控えている雄大な景色である。早速IZUMO隊長はデジカメのシャッターを押しまくっている。そして「K氏の大好きな大岳山ですよ、」と一発かますのも忘れていなかった。大岳山は以前GIZUMOとK氏と二人で登って、K氏が頂上付近でグロッキーになったところである。「嫌なこと思い出させるなぁ…、」といった顔でタバコを吹かすK氏。なかなかいい展開である。
景色を楽しみながら進むと「峠の茶屋」という大きな看板が出てくる。ここまで車で来れるようだ。茶屋は閉まっていたが展望台からの景色はまた見事である。看板には昔大名がここで休んだ、というようなことが書いてある。調べれば面白いことが出てきそうだが今日のGIZUMOは余裕がないのであった。
ここから鳥居を右手に見て山道に入るのだが、次第に雪が見えてくる。登りも急ではないし、道が険しい状況でもないので今日のGIZUMOはアイゼンを出す気になれなかった。前回とは大違いである。やはりコースが緩やかだからだろうか。
それでも雪はドンドン深くなる。しばらく行くと先ほどの茶屋の奥宮のような形で蕎麦処「みちこ」という古風な建物が現れる。今日は閉まっているのだが、いい季節に登ってきてこんなところで蕎麦が食べられたら最高だろう。ただ、こんな雪の中にあるのを見ると「たいへんだろうなぁ…、」と思うのである。
●謎の道標
「みちこ」から先は雪道が続くが、ルートは楽である。寝不足のGIZUMOにとっては大助かりである。しかし景色はすっかり雪山である。見渡す限り雪が広がっている。でも気温も高く気持ちが好いので真っ白い雪にゴロゴロ寝転がりたいような気分である。そんな道をしばらく行くと道標が現れた。まっすぐ浅間嶺に行くのは400M、そこから上に上がるルートは展望台経由で、展望台まで700M、浅間嶺まで800Mとある。つまり400M遠回りするのである。「せっかくだからこっちから行きましょう、」とIZUMO隊長。「ええ、それだったら先に浅間嶺に行って戻った方が近いんじゃないの?、」反論するGIZUMO。「まだ時間もあるし、少し運動しておきましょう、」ということで登ることになった。
まあ、どおってことない登りですぐに尾根に出てしまうので今度は富士山が見えたりして景色を楽しみながら歩けた。やがて頂上付近に出るとすっかり雪がなくなっている。南面なので溶けてしまったのかもしれない。しばらく行くとベンチなどがある展望台に到着。ところがそこに浅間嶺頂上の標識を発見。「なんだ、ここが浅間嶺じゃないの、じゃあ展望台は通り過ぎたのかなぁ…。」GIZUMOは首を傾げた。確かに展望が好いのでどこを展望台といってもいいようなものだが、やはりそれなりにベンチなどがあると思うのである。ということはここが展望台であり浅間嶺の頂上でもあるわけだ。ではあの標識の100Mの差はなんなのであろうか。「IZUMOサン、おかしいよねぇ、」と突っ込むと、IZUMO隊長は自分が標識の責任者でもないのになんとか反駁しようとしていた。「飯にしましょうよ、」そんなことには全く興味がないK氏がリュックを下ろした。風は上空を凄い勢いで舞っている。ゴーゴーと音はするのだがどういうわけか我々はここまで一度も強風にさらされることはなかった。山の不思議である。
そこで一時間ほど食事などをしながら休憩した。ここからは南に丹沢の山々、雪化粧した富士山、北に三頭山、御前山、大岳山と奥多摩三山が見える。正に絶好の展望である。IZUMO隊長はもちろんデジカメを覗きっぱなしである。記念撮影などして、次第に風が強くなってきたので先に進むことにした。
さて、展望台から先に下るとすぐに右手に東屋が見えてくる。どうやらここが浅間嶺らしい。女性ハイカーが三人お昼をとっている。ここにはトイレもあるし、北側の展望が開けている。どうやら標識の謎は解けたようである。つまり浅間嶺頂上の認識が変わったのである。かつてはここが浅間嶺であり、ここから100M登ったところがやはり展望台だったのである。標識オタクのIZUMO隊長もホッと一息である。
●巨石の向こうに猫バスのバス停が…
ここから先は雪のルートが続く。大した傾斜ではないのだが下りはやはり緊張する。片側がきつい傾斜になっている所では思わず腰が引けてしまう。我々が登ってきたルートとはだいぶ様相が違う。途中八人ほどの集団と擦れ違ったが彼等は全員軽アイゼンを着けていた。
雪が少なくなってくるとGIZUMOは急に眠気に襲われてきた。寝不足の疲れが今頃出てきたか。「GIZUMOサン、また歩きながら寝ないでくださいよ。」K氏が釘をさしてきた。黙っていたらねてしまいそうだった。
しかし歩いていくと眠気を吹き飛ばすようなものがたくさんある。南の展望が開けたルートをゆるゆる下って尾根を曲がったところに「一本杉」なる道標が立っている。その下にカッコ付きで一本松と書いてある。「いったい松なのか杉なのかどっちなんだ、」とGIZUMOが道標に突っ込んでみる。「オ、この木は松なのか?、」というとK氏がいかにもGIZUMOの植物オンチを嘲笑うかのように「それは杉です、松はあっち、」と隣の木を指した。「たぶん、この道標の木が松なんじゃないですか?、」K氏の意見は当たっているようで、実は変だと思ったが面倒臭いので「ああ、そうなのか…、」と頷いてしまった。しかしいまだにこの謎は解けていない…。
また、しばらく行くと「さる岩」と書かれた巨石がある。IZUMO氏がニンマリ笑ってGIZUMOを見る。なんにも言わずにGIZUMOは巨石を観察しながら何枚かデジカメを撮った。以前は山に登る度に巨石を発見して驚いていたのだが、最近ではごく当たり前のことのように思える。こういう巨石はたいてい神の寄り代として崇められていて小さな社が建てられていたりする。昔からなにか特別なものと感じられていたのだろう。それが歴史以前の超古代文明の痕跡ではないか、と考え出したのは最近のことである。そしてそんな突拍子のない考えはIZUMO隊長やK氏にはとてもじゃないけど信じられないものである。もちろん彼等だけじゃなくて、普通の人はみんなそうなのだと思う。
さる岩も過ぎると少し疲れてきた。下に東屋の屋根が見える。「あそこの休憩所まで頑張ろう。」それを励みに下り始めたのだが、なんだかルートが違うみたいで下に見えるのだがなかなか着かない、「あれはいったい何なんですかね?、」とK氏がいぶかしむので「あれはトトロに出てきた猫バスのバス停なんだよ、」とGIZUMOが教えてやった。猫バスを知っているIZUMO隊長はクスクス笑っていたが知らないK氏は「ふぅーん、」と真剣に頷いている。見兼ねたIZUMO氏が「K氏、トトロを知らないんですか?、」と解説に入った。からかわれたと知ったK氏はまたしてもやられた、と笑っていた。
更に下ると右手に小さな馬頭観音がある分岐に出た。ここには看板があり、その前にベンチが並んでいる。いかにも山の中にあるバス停風で、ここなら本当に猫バスが来るかもしれないね、と三人で話していた。バスを使うときはいつも時間を気にするIZUMO隊長だが今回は余裕がある。しばらくすると先ほどの女性達が追いついてきた。彼女たちはリュックから水筒を出してコーヒーを煎れて飲んだりしている。我々IZUMO休憩隊にはない優雅さにGIZUMOは指をくわえてしまった。そんなGIZUMOに気がついたのか「さあ、行きましょう、」とIZUMO隊長が発破をかけた。
●夢を見ながら…
しばらく下ると数馬の集落の上に出る。険しい谷間に何軒か家が建っている。いかにも山あいののんびりとした風景である。家の前を通過しながら、「いったいどうやって建てたのか、」とか、「どんな風に暮らしているのか、」などと言い合いながら歩いていた。こんなところにいつかは住んでみたい、という気持ちもありつつ、でも大変だろうなぁ、という思いもある。正に夢の話である。
かなり急な生活道を下るとようやくバス通りに出た。出発地点よりかなり高いところに降りてきたので、下りの歩きが少ない分GIZUMOにとっては楽な行程だった。バス停も予想より近くにあり、ここで道端に積もった雪で靴の泥など落としながらバスを待つことにした。
バスではGIZUMOもK氏も眠気に襲われてしまった。奥多摩に行く度に通る見慣れた道だがバスの車窓から見る景色はまた別の世界に見える。ウトウトしつつ楽しみながらも午後三時半、ようやく出発地点に戻った。たぶん陣馬高尾ルートよりかなり楽をしたと思う。ここのところ無理が祟っていたGIZUMOにとってはちょうどいい歩きだったように思う。K氏も「これくらいがいいやね、」と納得。IZUMO隊長も自分が言い出したので文句はないようだ。
帰りは五日市を通り過ぎて「つるつる温泉」に寄った。ここは設備は凄いのだが浴槽が一つしかないのが難点である。GIZUMOは何度も来ていたのだがK氏もIZUMO氏も初めてだというのだが、土曜日ということもありやはり芋荒い状態で落ちつかない。もう少し改良の余地があるようだ。
帰りの車中はGIZUMOはぐっすり眠ってしまって、声をかけられたらもう自宅の前であった。アー楽ちん楽ちん。いつもこんな山行きだったらいいんだけどなぁ…。
今回は「足が短いなぁ…、」という最初の一発が効いてIZUMO隊長は完全に調子が狂ったようだ。おかげで寝不足というハンデもなんなくクリアできた。こういう心理戦もけっこう大切なのである。次回はIZUMO隊長の逆襲に注意しなければならないな。

