
2004.10.13−14と予てからIZUMO休憩隊で予定していた尾瀬に行った。水芭蕉で有名な尾瀬だがGIZUMOはまだ行ったことがなかった。IZUMO氏によると秋の草紅葉もまた必見だという。「草紅葉」とは耳慣れない言葉だが、湿原を覆う草が全体に黄金色に変わるらしい。一年も前からこの時期に来ようとIZUMO休憩隊では予定をたてていたのである。
計画は一泊で、初日は湿原を歩いて竜宮小屋に宿泊、翌日は至仏山に登ることになっている。GIZUMOは直前まで「皆神山の謎・第二部」の取材と撮影で青森周辺を飛び回っていて休む間もない山行きとなった。メンバーはIZUMO隊長にK氏の三人である。このメンバーはちょっとしたミスが後々まで笑いの種にされてしまうので気が抜けないのである。
朝、九時にIZUMO隊長とK氏が迎えに来てくれた。この日は曇だが、天気予報では晴れに向かっているというので期待を胸に出発した。県央道、関越と順調にドライブ。このメンバーだとGIZUMOは運転しなくていいのでヒジョーに楽である。
山道に入っていくと次第に紅葉が見事になっていく。運転をしているK氏は紅葉が大好きなので見たくてしかたない様子である。それを察知したIZUMO氏が「K氏、ちゃんと前見てなきゃ駄目ですよ、いつ対向車が来るか分からないんだから!。」ときつい一発を見舞っている。「アー、アー、見てますよ、ちゃんと前を見てますよ。」とK氏が気もそぞろな声で答えている。GIZUMOも渓谷に紅葉がかかっているところを見て思わず「ワァー、奇麗だなぁー、」と叫んでしまった。K氏はチョコチョコ顔を動かして見ようとしている。「ホラァー、危ないじゃないですかぁ、」その度にIZUMO氏がわざとらしく注意する。K氏はオモチャか……。
尾瀬と言えば一日に何万人ものハイカーが訪れて自然破壊云々という話が有名である。マイカー規制というやつもいち早く取り入れられたと思う。IZUMO氏は途中からバスに乗り次ぐ計画を立てていて、その時間を気にしていたが、結局間に合わず、一番上の鳩待峠まで車で登った。
駐車場はほぼ満杯だったが運良く停めることができた。外に出ると山の空気が気持ちいい。空は曇だがこれはこれでまた風情がある。大きなリュックを背負っていよいよ出発である。
鳩が歩いている鳩待峠のお土産屋を後にして山の鼻まで下りである。山道は木造のルートが敷かれていて歩きやすい。ここからの道はずっと紅葉が見事で、K氏もIZUMO氏もカメラを覗きっぱなしである。二人とも「アー、光が欲しいぃー!、」と叫んでいたが、この雲に阻まれた薄い光線で見る紅葉もGIZUMOは好きである。
小一時間ほど下ると川上川に出る。最近GIZUMOに影響されて巨石に目敏くなったK氏が歩道の真ん中に岩を発見。「アッ、GIZUMOさんの好きな巨石があるよ!。」と叫んでいる。最初はただの岩かと思ったのだが、調べてみると明らかに人工的に石を積み上げている。長さ4M、高さ2.5M。これがなにを意味しているのかは分からない。
周辺を調べると、山側に正体不明の巨石を幾つか発見した。木の生え具合から見てもかなり古いものだと思われる。石は正確に長方形に切られている。こんな石は自然には出来ない。ここもひょっとしたら古代からの「イヤシロチ」なのかもしれない。
そうこうしているうちにIZUMO隊長がいなくなってしまった。もともとGIZUMOの巨石好きに懐疑心を持っているようなので、呆れ果ててさっさと行ってしまったらしい。K氏と先を急いだがなかなか姿が見えない。本当にはぐれてしまったのかと思い始めた頃、橋の向こうのベンチにいるのをK氏が見つけた。IZUMO氏に言わせると、このルートはベンチ以外の所で休んではいけないのだそうだ。そこで一足先にここまで来て休憩隊長として立派に休憩をしていたのだそうだ。「行方不明になったかと思いましたよ、」とK氏。GIZUMOもこの単独行動はいただけないと思うよ。
山の鼻の休憩所で一休み。ここからいよいよ尾瀬の湿原がはじまる。IZUMO氏が看板の前でコースを説明。入口に向かった。
一歩湿原に入るとそこは黄金色の絨毯に木造のルートが続く異次元の世界だった。雲が空を覆い、周囲の山は裾野だけしか見えない。が、目を凝らせば乳白色のカーテンの向こうに紅葉がグラデーションしている。
しばらく景色を楽しみながら歩く。K氏はうっすらとした紅葉を見て「アー、光が欲しい。」を連発している。オタッキーなIZUMO氏は木道の焼き印を見ながら「ここは群馬県が作っているんですね、」などと確認している。GIZUMOは実は最近右足の甲が痛くなるのだが、この程度の行程でもやばくなってきた。30分ほど行くと休憩用ベンチがあったので、そこで靴を脱いでマッサージをする。5分くらい揉むとこの痛みは解消する。多分疲労からくるのだろう。
しばらく行くともう一つ広大な湿原が広がっている。そこはまさに黄金色の湖である。湖面にかかる細い木の橋のようなルートを進むと、あちこちに浮き島のようにナナカマドや白樺が生えている。不思議なことにここでは生物の気配がしないのである。湿地帯といえば両棲類や蛇なんかがウジャウジャいてもよさそうなのに全く見ない。昆虫もいない。尤も虫の季節はとっくに過ぎているのだろうけど……。時折小鳥とおぼしき声が湿原の中から聞こえてくる。しかし目を凝らしても姿は見えない。そういう意味でもこの湿原は静かな幻想世界なのである。
「シーズンになるとこの木道が満員電車みたいになるんですよ。」IZUMO隊長の言葉に「ヘェー、想像できないね、」と答えた。はっきりいえば考えたくもない世界である。「でも、本当なんですよ、何万人ていうハイカーが来るんですから。」確かにここは素晴らしいところだ。人が魅力を感じてくるのはよく分かる。でも、この木道にハイカーが犇めきあう姿は異常である。GIZUMO自身も含めてのことだが、自分だけは見たい、というエゴがなせる技である。だったら誰も来なければいいのか、というわけではない。やはり限度の問題なのだろう。とどのつまり現在の規制が精一杯ってところかなぁ。人間のエゴでこの自然を壊したくないものである。
木道は所々朽ちて割れていたり削れていて滑りやすい。やはり湿地帯なので傷みが早いのだろう。いったいどのようにメンテナンスされているのだろう?。こんな疑問を話し合っていたら目の前で木道の修復をしている現場に出くわした。屈強な若者が五人ほどで小川を跨ぐ小さな橋を作っている。側には小さな空地があり、どうやらヘリコで資材を下ろしたらしい。「この人達は夜はどうするんですかね?、」K氏の質問に「さあ、どうするんでしょうねぇ……。」とIZUMO氏も首を傾げた。
湿原も半分を過ぎると今夜の泊まりの竜宮小屋が見えてくる。単調な歩きでも見所が多く、もう着いてしまったのか、という感じである。

竜宮小屋は湿原の湖に浮かぶ島に建っているように見える。しかし名前とは裏腹に普通の山小屋であった。
チェックインを済ませると、我々は三人で八畳ほどの部屋に通された。混雑時には一人一畳のすし詰めだというのでこれはかなりの贅沢なのだそうだ。荷物をおろして夕食までまだまがあるので暇を持て余していたらIZUMO氏が、実は風呂がある、と教えてくれた。ただ、ここの風呂は湯に浸かるだけでシャンプーや石鹸などが使えない。つまり洗うことが出来ないのだ。それでも体をほぐすには好いだろう、とGIZUMOは入ることにした。
風呂は三人入れば一杯である。GIZUMOが入ったときは先客がちょうど出るところだったので広々と使えたがすぐに次の人が入ってきた。そしてK氏が来たので交代で出ることにした。体が洗えないのでちょっと中途半端な気持ちである。しかしやはり風呂はありがたい。
そうこうしているうちに夕食である。一階の食堂に客が集まってくる。やはり中高年のグループが多い。いつものことながら平日にこうしている我々は不釣り合いな年齢である。食事は山小屋にしては豪勢なものだったが、IZUMO氏やK氏には少しもの足りなかったかもしれない。
IZUMO氏が向かいの部屋に見覚えのある若者達を発見。さっき木道の修理をしていた人達だ。「ここに泊まってるんですね、」IZUMO氏は新たな発見に嬉しそうであった。こんななんにもないところで若者達は退屈そうであった。旅人とそこで働く人の気持ちの差は大きい……。
食事が済むと部屋に戻って酒盛りである。GIZUMOは持参した焼酎、IZUMO氏はビールを背負ってきていた。あまり飲めないK氏もチュウハイを開けていた。つまみはGIZUMO特性ピーナッツを増やした柿の種である。ドサッ、と紙の上に巻いてみました。これでグダグダと消灯までダベッテいたけど、酔いがまわってスー、と寝込んでしまった。
この夜、GIZUMOは不思議な夢を見た。夢の内容は詳しく覚えていないのだが、何かドジをして追い詰められていくのだ。ところがそんな緊迫した内容なのに終始穏やかな空気に包まれていて幸福な気分なのだ。これが朝、目が覚めてもずっと続いていた。この土地が持つ力なのかな、と思ったりした。
二日目の朝は雨だった。窓から外を見ても真っ白である。これでは今日の至仏山は諦めなければならない。IZUMO隊長はいろいろと計画を練り直していたようだが、けっきょく湿原を隅から隅まで歩いて帰ることにした。
登山がなくなったのでK氏はニッコリである。GIZUMOもこの湿原の空気をゆっくり味わえればそれで満足である。IZUMO隊長はちょっと悔しそうであった。グルッとまわって東電小屋を目指すことにした。「ここから福島県に入ってあの橋を渡ると新潟県になるんですよ。」尾瀬通のIZUMO氏が解説をしてくれる。確かに木道の木に押されている焼き印が言う通りに群馬から福島、新潟と変わる。一部東電にもなる。
竜宮小屋から弥四郎小屋まではまだ雨もパラついて、我々は雨具を着ていたが、見晴へ向かいはじめると雲が切れて陽が射しだした。黄金色の湿原にスポットライトのように陽光が移動していく様は昨日にも増して幻想的である。しばらく足を止めて見惚れてしまった。
見晴から東電小屋までの道は湿原のヘリを回るので趣が違う。紅葉が見事な山裾や小川沿いの清廉なルートが続く。この辺りは今年の五月頃に熊が出たというのでIZUMO氏は戦々恐々である。今年は熊の出現率が高いので多寡を括ってはいられない。しかし美しい景色の前にGIZUMOは熊のことなど忘れてしまった。
小一時間で東電小屋に到着した。左側に立派な建物が見える。小屋といってもキチッとした造りで快適そうである。ここは一般客も泊まれるようなので、もし、次があったら泊まってみたいものである。右側には休憩所があってコーヒーなどが飲める。IZUMO休憩隊としてはもちろんここで休むのである。
東電小屋から少し行ったところが実際に熊が出た現場である。そこには熊に人間が来たことを知らせる鐘が設置されている。心ならずも緊張感が走る。
ヨッピ橋を過ぎると再び広大な湿原のルートがはじまる。雲は以前より高くなってはいたがまだ湿原全体を覆っている。ポツポツとハイカーが見える。GIZUMOはいつしか自然に両手を開いて空気を大きく吸い込んだ。いや、それは空気ではなく、尾瀬の「気」を吸い込んでいたのだ。

この場所は目に見える美しさのほかに、目に見えない波動が出ている。宇宙そのものをダイレクトに伝えるかのような自然の息吹きが穏やかな繊細な波動となって我々を包んでいるのだ。こういうフィーリングの中にいるとジワジワと喜びの感情が湧いてきて一人ニコニコしていたら、K氏が「GIZUMOさんずいぶん機嫌が好いね、」などと声をかけてくる。
同じ場所にいても、もしピーカンだったらこのフィーリングを感じたかどうかは分からない。丁度雲に蓋をされた湿原だからこそ味わえる微かな波動なのかもしれない。
牛の首でお弁当を広げる。歩いていると丁度好いのだが止まってしまうと風が冷たい。IZUMO氏は至仏山に登れないのがいかにも残念といった風情であまり機嫌が良いほうではない。一方K氏は登山のプレッシャーがなくなり口も軽かった。湿原もあと僅かである。GIZUMOはこのフィーリングを名残惜しく感じていた。
いよいよ山の鼻が近くなり湿原も終わる辺りで、実はGIZUMOはずっとビデオをまわしていたのだが、最後の挨拶を撮影した。IZUMO氏もK氏もビデオ撮影には慣れてきてタレントまがいの度胸の良さでコメントをしてくれる。IZUMO隊長の「また、来年も来ましょう、」という言葉にGIZUMOは大きく頷いたのであった。
山の鼻で小休止。昨日下ってきたルートを登っていく。もちろんGIZUMOは例の巨石をもう一度検証した。別の場所にもう一つ巨石を見つけた。やはり人工的な石積みで、しかもかなり古いものである。こうしてみると日本中至る所に巨石やペトログラフ岩があるのではないかと思ってしまう。IZUMO氏もK氏も紅葉を飽きずに見ている。「一日経つと葉の色が違うね、」などと通のようである。
鳩待峠まで来ると、また細かい雨が降っていたが、ここでようやく雨具と登山靴を脱いでホッとした。やはりGIZUMOの足は本調子ではなかったので、二人には黙っていたがかなり疲れていたのだ。
帰りはIZUMO氏のお勧めの「花咲きの湯」に寄った。山の中に突然、周囲と不釣り合いなシャレタ建物が出現する。なおかつ西洋庭園風の露天風呂に地元の年寄りが浸かっているのは尾瀬に匹敵する異次元なのである。さらに風呂上がりにみんなで新蕎麦を食おうということになったのだが、オーダー直前に裏切ってK氏が頼んだ天丼の、その海老のでかいこと。25センチの尾頭付きが二本も乗っているのだ。まさに驚きの連続である。
至仏山登山ができなかった分やや物足りない山行きではあったが、その分尾瀬を堪能できたと言えるだろう。土地にはそれぞれの地相と呼ばれるものがある。尾瀬の地相はその景観の素晴らしさにとどまらぬ、かなり強烈な波動を出している。こういう波動は共鳴しないと分からない。竜宮小屋で働く人達や木道の整備をしている若者すべてが波動を感じているかは疑問である。実はこういう波動は程度の差こそあれいつでもどこでも我々に囁きかけている。心を穏やかにして耳を傾ければ誰にでも聞けるのだろう。
次ぎなる尾瀬行きが楽しみである。が、満員電車のような木道歩きにだけは加わりたくないものである。

