★鬼ヶ岳、来年の話をしたら膝が笑った

 2004.12.1、富士五湖の一つ西湖の北側に連なる山の一つ「鬼ヶ岳」にIZUMO休憩隊で登った。メンバーはIZUMO隊長、K氏、GIZUMO、そして乗鞍以来の参加であるM岡氏の四人である。鬼ヶ岳は昨年登った十二ヶ岳の隣の山で標高は1700M、登る標高差は800Mほどある。GIZUMOとしては登山の興味のほかにも怪しい巨石があるので登ってみたかった山でもある。
 前日はM岡氏の新車トヨタ・ハリアーの試乗を兼ねて山中湖の別荘に一泊。バーベキューでK氏が肉を食いまくりGIZUMOはワインをラッパ飲みして大騒ぎであった(らしい?)。にもかかわらずこの日は朝六時に全員起床。八時過ぎには山にとりつくことができた。IZUMO休憩隊としては上出来である。
 駐車場から山に入っていくのだが、十五分ほどで砂防ダムの現場に出る。その横から本格的な登山道が始まる。GIZUMO、K氏、M岡氏、IZUMO隊長の順で登る。この順番はたいてい同じである。隊長のIZUMO氏がしんがりを勤め、全体を見渡す。先頭のGIZUMOはペースメーカーになる。
 さて、今回の登山ではGIZUMOは一つの課題を設けていた。いつも下りで膝が痛くなるのは登る時に膝に負担をかけすぎているからではないだろうか?、ということでできるだけ腿の筋肉を使うよう心掛けたのだ。するとどうしても大股になるのでペースが早くなる。GIZUMOは登る分には辛くないのでズンズン登っていると後ろからK氏の苦しそうな息遣いが聞こえてきた。「ちょっとペースが早いかな?、」と聞くと「もう少しゆっくりにしましょう。」とIZUMO隊長が答えた。先も長いのでかなりペースを落とすことにした。
 休憩隊といわれる我々ではあるが、今回はあまり「休もう…、」の声も出ず、順調に高度を上げている。むしろGIZUMOが気をつかってときおり「休もうか?、」と声をかけた。しかし苦しそうなK氏でさえ「ううん、大丈夫、」と断るのである。30分登って5分、一時間登って10分と、理想的なペースで休憩をとった。
 道は単調だが登りやすく、よく整備されていて危険なところはない。ほとんど展望がないのでどのくらい登ったのか目で確かめられない。「300Mくらいかな?、」「500Mは登ったでしょう。」と体感で計るしかないのである。ただ黙々と登るIZUMO休憩隊であった。
 一時間半ほど登ると突然展望が開けた。「ウワァー!、」GIZUMOは思ったより大きく広がる西湖とくっきりとした富士山の見事さに声を挙げた。これは先頭を歩くものの特権である。「もう着いたの?、」K氏が呟いた。「イヤー、いい景色だったからさぁ……。」GIZUMOの答えにがっかりするK氏であった。ビューポイントに出るとみんな足を止めて景色に見惚れていた。思わぬところで一休(いっきゅう、と読む)である。
 ここから先はかなり急な登りになる。しかし二十分ほどで鬼ヶ岳の富士山寄りのピーク、雪刀ヶ岳の頂上に着く。本当の頂上はそこから十メートルほど奥に入ったところだが、正面に富士山、西湖、河口湖、山中湖が眺められる場所に看板は立っている。ここで昼食をとって一時間ほど休憩した。やはりそれなりの登りだったので疲れは出ているが、だいぶ山に慣れてきたのか全員好いペースで登れたのではないだろうか。

 鬼ヶ岳はそこから十五分ほど行ったところで、ややきついアップダウンの後に金属の梯子を登るとたどり着く。頂上は直径十五メートルほどの広場になっていて真ん中に巨大な岩がある。そこに「鬼ヶ岳」と書いた小さな看板が乗っかっている。十二ヶ岳方向にちょっと行ったところにも岩があり、その一つが鬼の角のように立っている。鬼ヶ岳の名称の由来はこの岩ではないかと思う。
 頂上の岩は礫岩である。このような岩がどうして山の頂上にあるのかは分からない。ここの岩の状況は明らかに人工的である。しかし登山家はこういうことはあまり気にしてはいけないらしい。
 さて、ここからの眺めはまた最高で、西に南アルプス、北に奥秩父山塊、そしてその間に八ヶ岳がくっきりと見える。ひとしきりここで山の解説などをしつつ記念撮影などして遊んだのであった。

 ここから鍵待峠まで尾根歩きをしてそこから元の駐車場まで下る。この尾根歩きが楽そうでいてきついのである。勾配がきついので膝に負担がかかる。そして五十メートルおきに岩があってそこをよじ登って越えていかなければならない。GIZUMOとしては面白いのだが、ここは十二ヶ岳ほど整備されていないのでルートはかなりワイルドだ。一歩足を滑らせたら下まで真っ逆様、という場所もたくさんある。注意して歩けばどうってことはないがみんなの口数は減っていったようである。
 ずっと不思議に思っていたのだが、この尾根の岩はみんな富士山に向かって立っている。IZUMO氏は富士山が爆発した時に飛んできたのではないか、という。しかしどの岩も礫岩なのが気になる。大小様々な磨かれた石が混じった岩である。どちらかといえば海岸だとか河原なんかに出来る岩であって、こんな山の天辺に鎮座しているのは妙な岩だと思う。これは石老山でも書いたが、いわゆる古代のコンクリートなのではないだろうか。これはGIZUMOの独断と偏見に満ちた個人的推理である。また、この並びは富士山に対してなんらかの意味を持っている。それがどんな意味を持っているのか、とても知りたいが今のところは謎なのである。
 途中、今登ってきた鬼ヶ岳が正面に奇麗に見える場所がある。きつい岩登りの後でそのポイントにたどり着いたみんなは鬼ヶ岳を見て茫然とした顔を見せていた。GIZUMOはその瞬間をデジカメでキャッチ。嘘偽りのないみんなの表情を見ていただきたい。
 たくさんの岩をデジカメに収めつつ一時間ほどで鍵待峠に着いた。ここからは本格的な下りになる。M岡さんが膝の痛みを訴えてK氏のストックを借りている。GIZUMOもかなり膝がきつかったがギリギリまで鍛えようと拾った木を杖替わりにしているだけであった。K氏は昨日食べた大量のステーキのパワーか絶好調である。IZUMO氏もなにも語らないが好調をキープしているようだった。
 下りに入ると行きと同じで展望もなくなり、ただひたすら下りるだけである。道は整備されていて比較的歩きやすいのだが、一本調子の下りが続くのでやはり膝が痛い。M岡氏もかなり辛そうだった。GIZUMOも堪えていたのだが二十分置きくらいに休憩を入れないとなかなか続かなかった。不思議なものでほんの一分でも休むと膝の痛みは軽減する。同じ傾斜で長い時間下ると駄目なのである。
 四十分ほど下ったところでGIZUMOはストックを出した。いちおう転ばぬ先の杖である。ところがどういう訳かストックの一つが壊れてしまった。けっきょく一本だけを杖のようにして使うことにした。とにかく一本調子の下りが続く。GIZUMOとM岡氏の膝はかなりガクガクになってしまった。そうこうしているうちに砂防ダムが見えはじめた。「もう少しだぞ、」と自分に言い聞かせた。木々の間から西湖が見え始めるとM岡氏も「もう少しですね、」と言っている。本当に辛いのである。
 さらに三十分ほどで工事用の林道に出た。ここからの道は車が通るので勾配が浅い。するとたちまち膝の痛みは消えてしまったのである。M岡氏と二人でストックをしまいながら「不思議ですねぇ…、」と顔を見合わせた。膝の痛みは勾配によって違うのだということである。

 四時十五分、無事に駐車場に到着。きつい鬼ヶ岳登山も無事終了した。心地好い疲れが体を覆っている。今回の登山はGIZUMOにとっては西湖北岸の山々にある巨石を再確認できたことで大きな収穫であった。また、IZUMO休憩隊としても爽やかな充実感があったのではないだろうか。特にK氏は今回絶好調で、八ヶ岳以降の自信喪失を挽回できたのではないだろうか。GIZUMOとM岡氏は下りに課題を残したもののいつかは克服できると確信を持った次第である。IZUMO氏は今年中にもう一回、といっているが、年末に入るとなにかと忙しいので難しいだろうと思う。しかしIZUMO休憩隊は来年白馬が待っている。我々を待っている山はまだたくさんあるのである。そう思うと気が引き締まるGIZUMOなのであった。

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