★快晴の乗鞍に女子高生たちと登る!!

 2004.7.21−22、IZUMO休憩隊としてはこの時期白馬に来ていなければならなかったのだが、前回の八ヶ岳敗退でK氏が自信喪失、IZUMO休憩隊解散の危機を迎えるに至った。GIZUMOも自分の性急さを反省し、この夏、2500〜3000メートル級の山への挑戦はもうしない、とIZUMO氏に告げたのだった。しかし、山をこよなく愛すIZUMO氏はなんとか我々に高山の良さを知らしむる為に今回の乗鞍岳登山を企画した。3000メートルとは言うものの直下の畳平までバスで行き、実際に登る標高差は300メートルちょっとである。これなら自信喪失のK氏にも楽々登れるだろうし、山に目覚めたGIZUMOも納得すると読んだに違いない。そして今回は元祖IZUMO休憩隊員であるM岡氏が参加。原点を取り戻す切っ掛けにもなろうというものであった。
 21日、朝九時にM岡氏の車でIZUMO氏とM岡氏が迎えに来た。今日は乗鞍の下にある平湯キャンプ場で一泊なので余裕である。その足でK氏を拾い一路松本へ。高速もスイスイで快適である。M岡氏の車はいすゞのでかい車で(車音痴のGIZUMOは名前が分からない。)後ろにはキャンプ用品がぎっしり積まれている。GIZUMOやK氏がたくさん荷物を持ってきても余裕で積める大きさである。車内もゆったりしている。GIZUMOは運転席の後ろで、珍しくK氏が後部座席に乗り込んでいる。途中八ヶ岳が見えてくるとIZUMO氏が「K氏、八ヶ岳が見えますよぉー、」と声をかける。「エ?、どこにあるの?、」K氏の世界にはもう八ヶ岳は存在しないようである。諏訪までさんざんK氏をからかいつつ来てここで昼食にする。GIZUMOはカツライスを半分食って一人だけ桃のソフトクリームを食った。これが後にGIZUMOに悲劇をもたらすのであった。
 松本市内で今夜の食料を調達したのだが、いつものこととはいいながらIZUMO休憩隊は奢りすぎである。肉と酒がほとんどで16000円も使うかぁ?。最近食が細くなったGIZUMOとしては納得いかないのである。
 さて、ここから上高地を経て高山に続く山道はGIZUMOにとっては二年振りである。一昨年、カミさんと二人で金沢、能登、富山と皆神山関連の取材に出た時に通ったのである。このルートは本当に山道で、どんどん都会の空気が薄らいでいく。IZUMO氏も登山で何度も来ているという。GIZUMOとIZUMO氏はそういうわけで何度かこの道を通っているのだが、K氏とM岡氏は初めてなのだという。そういう人がいるとなんとなく優越感を感じて嬉しかったりする。上高地を過ぎるIZUMO氏のデータ攻撃が始まる。助手席に乗せたのが間違いだったのかなぁ……。とにかく機関銃のように次から次へと道や山についてのデータが口をついて出てくる。こういうところがオタクのオタクたる所以なのだろうなぁ……。M岡氏は運転席で「ハア、ハア、」と頷くばかり。さすがのK氏も頷き疲れたようであった。
 てなうちに阿房トンネルを通過。出たところが平湯のキャンプ場である。こじんまりしたバンガローを借りたのである。まだ新しくて清潔そうである。ロフトがあって、GIZUMOはそこに寝床を確保したのである。みんながキャンプ用品などを出している間にGIZUMOはK氏に勧められたエアマットを膨らましたりしていた。
 そろそろ夕方になってきた。M岡氏とK氏が炭に火を点けようとしているのだがなかなかうまくいかない。団扇がないので風が送れないのである。「これを使いなよ、」と段ボールをちぎってK氏に渡すのだが、ユルユル扇いでいるばかり。あまりの歯がゆさに「全く火もおこせないんだから…、」とGIZUMOが段ボールの切れ端で焼き鳥屋のようにバタバタ扇ぐとたちまち火がおこって炭が真っ赤になる。マ、このくらいのことはやっておかないと年寄りの存在価値がなくなってしまうというものだ。
 いよいよお楽しみの夕食である。スーパーで肉を買う時にそれぞれ好きな肉を買おうということになったのでGIZUMOは和牛のステーキ肉を買ったのだ。たった一つ残っていたやつを。K氏とM岡氏はカルビを、食にうるさいIZUMO氏は豚トロなどを買ったのだが、食事が始まるや否やK氏が「じゃ、GIZUMOさんの肉からね、」と勝手に焼き始め、ほかの三人も「そうそう、GIZUMOさんの肉から食べましょう、」と集中放火である。「どうせGIZUMOさんはたいして食べないんだから、」確かに二切れも食べたらもうダメなのが悔しいじゃないですか!。
 肉も酒もすすんでいくうちにGIZUMOの胃の辺りが時折キリキリ痛むようになってきた。最初は大したことなかったのだが、一時間もすると座っていられないほどキリキリ痛む。「ソフトクリームがあたったのかなぁ……。」今日、GIZUMOだけが食べたのはそれだけである。とにかくトイレに駆け込むと下痢である。それでも気分が悪くて、食べたものを全部出してしまった。いつもならこれで納まるのだが今夜はそうはいかなかった。吐いた時トイレを汚してしまったので、みんなが楽しく飲んでいる横でGIZUMOはモップで掃除をしたりしていた。そして「悪いけど寝るわ。」と早々に横になってしまったのである。これも拒食症なのであろうか……。

 時折キリキリ腹が痛むのもなんとか納まり、翌朝は四時半くらいには目が覚めてしまった。不安なのでトイレにいくと、どこにあったのかまだまだ出る。でも昨夜よりはだいぶ良く、登山には問題ないだろう。
 五時過ぎるとみんな起き出して、M岡氏とK氏がラーメンを作っている。のんびりしているとIZUMO氏が七時のバスに間に合わなくなる、と慌てだした。四人でさっさとかたずけるとなんとか時間ぎりぎりにバス停に到着した。
 昨夜は雨が降っていたのだが、今朝は快晴である。七時出発のバスはさすがに早いのか客もまばらで、みんな思い思いの席にゆったり坐れた。ここから畳平まで、一挙に登っていくのだ。二年前くらいからマイカー規制になったのだという。バスオタクであるIZUMO氏がこのバスは低公害車であることを教えてくれた。便利だからってみんなでマイカーで行かなくてもいいかもしれない。車窓から穂高がくっきり観える。「GIZUMOさん、来年はあそこに行きましょうね、」「行けたらいいなぁ……、」とGIZUMOは心の中で呟いた。

 畳平には八時ちょっと前に到着。もちろんここも快晴である。高度3000メートルの空気はやはり違う。澄んでいて、研ぎ澄まされた感じがする。今回は平湯で一泊したのでGIZUMOの耳も気圧の変化に順応して順調である。腹の調子も大丈夫そうだ。いよいよ登山開始である。K氏がちょっと緊張気味なのが面白い。IZUMO氏が遥か先になにやら団体がゾロゾロ歩いているのを発見。「なんか嫌な予感がするなぁ……、」と心配していた。今のところ我々の周りには年配のハイカーがいるくらいである。「さあ、行きましょう、」IZUMO氏の声でようやく歩き始めた。
 乗鞍の最高峰、剣が峰まで行くのだが、肩の小屋までの一時間はたいした勾配もなく、言わば散歩コースである。軽装の人も多い。我々ものんびりと周囲の景色に見惚れたり思い思いの写真を撮ったりして歩いていた。途中パトロールの人達に出会ったのだが、開口一番「おめでとう!、」と言われた。「?、」という顔をしていると笑いながら「こんなお天気は一週間ぶりなんだよ、運がいいねぇ、」と言った。「ありがとうございます。」なんだか上機嫌になってしまう。
 肩の小屋で一休みすることにしたのだが、剣が峰方向の広場に女子高生が百人くらい座っている。ガヤガヤ大変な騒ぎである。「ウーン、これは困ったことになったなぁ……、」とIZUMO氏が暗い顔をする。GIZUMOはどちらかというと嬉しかったりして……。お腹の調子がまだ少し悪いのでGIZUMOだけここでホットコーヒーを飲んだ。他の三人は女子高生から遠く離れている。やっぱり行動がオタクっぽい。
 さて、ここから目前に迫った剣が峰までは標高差266メートル、約一時間の行程でちょっとした登りである。IZUMO氏が「あいつ等より先に行きましょう、」と急かすのでK氏は焦りぎみである。最初からきつい勾配なのですぐに息が上がってしまう。しかし登山は息が上がってからが勝負である。今回はM岡さんがいるので彼が先頭。続いてIZUMO氏、K氏、GIZUMOはしんがりになった。M岡さんとIZUMO氏はワシ等より若いこともあってグングン登っていく。目前のK氏は八ヶ岳のトラウマかかなり苦しそうである。十五分くらいのところで男子生徒も混じった集団に追い付かれてしまった。「焦ることないよ、休み休みいこう。」GIZUMOはK氏に声をかけた。それにしてもK氏は息が上がり始めると駄目になってしまうのが早い。
 三十分ほど登ると下から来る高校生が元気が良くて狭い山道で追い抜いていく。人が入り交じって収拾つかなくなってくる。GIZUMOは彼等に道を譲ったりしてだいぶ遅れてしまった。IZUMO氏がK氏を心配して待っていたようだ。GIZUMOがK氏達が座って休んでいるところに着くとなんだか雰囲気が険悪な感じである。「もうダメ、ここで待ってるからみんな登ってきて。」K氏が疲労困憊の顔で言うと「絶対ダメですよ、そんなこと許しませんからね、」とIZUMO氏はお冠である。「なに言ってるの?、八ヶ岳の半分もないんだよ、もうちょっとじゃないの。」とGIZUMOもK氏を励ましたがやはり精神的に自信を失ってしまっているのだ。しかしこのまま負け犬で終わらせてはならない。「よし、おれが後ろからついて歩き方を見るからもう少し頑張ろう、それでも駄目なら諦めてもいいよ。」とGIZUMOが言うとようやくK氏は頷いた。IZUMO氏はさらに上で待っているM岡氏のところへ急いだ。
 ずっと思っていたのだが、K氏の歩き方はステップが大きいのだ。特に傾斜が強くなっても足を上げて大きく踏み込んでしまうのでバテが早くくるようだ。そこでGIZUMOはGIZUMO自身経験的に習得したステップを小さく歩く方法をK氏に教えることにした。「ステップが大きいよ、こういう急なところは一歩で自分の一足進むくらいでいいんだよ。」K氏のステップを見ながら少しでも大きくなると声をかけた。そして小さく歩いていれば「そうそう、それでいいんだよ。」と褒める。この繰り返しで十五分ほど登ることができた。「確かにこの歩き方だと息があがらないね。」K氏が自分の体で体感した感想を言った。「そうでしょ、さっきと同じような登りでもぜんぜん楽に来たじゃない。」「ウン、そうだね。」先に来ていたM岡氏、IZUMO氏も合流した。「さっきあんな弱音を言うからどうしようかと思った。」とIZUMO氏が笑う。だいぶほっとしたようだ。剣が峰まではもう一息である。
 ここからはK氏が先頭でGIZUMO、M岡氏、IZUMO氏の順で登りはじめたのだが、やはり高校生達が入り交じって大混乱である。頂上にちかずくと第一陣の人達が降りてくるのでこれまだラッシュ状態である。もうちょっとで頂上というところでGIZUMOが往きに出会った美人姉妹に道を譲っている間になんとK氏に一番乗りされてしまった。おっつけ頂上に登るとK氏が涼しい顔で腰かけている。「アーア、いいところを取られちゃったなぁ…。」とGIZUMOが言うとさっきあれほどへこたれていたのが嘘のような顔でK氏は笑い返した。

 剣が峰の頂上からは周囲の山がくっきりと見えた。まさに別世界のパノラマである。しかし頂上は高校生達の熱気でむせかえるようである。GIZUMO達はかなり奥の、ちょっと絶壁風の場所までいって陣取った。M岡さんとIZUMO氏がコーヒーを沸かしている。GIZUMOはさっき飲んだので遠慮することにした。3000メートルの高さでも小さな虫が寄ってくる。凄いもんである。
 上では高校生達が校歌を熱唱したり大騒ぎである。でも、こういう場所で校歌を唄うなんて我々の頃と高校生気質はあまり変わっていないんだな。「アーア、もう一度あの頃に戻れたらなぁ……。」とつくづく思った。
 三十分ほどしてようやく落ち着いてきたので山頂で記念写真を撮って下山することにした。もちろん下山ルートも大混雑で若者に混じってたいへんだったが、彼等のたわいのない会話を聞いているだけでもけっこう楽しい。下山は得意なK氏も問題なく、けっきょくGIZUMOが一番遅れてしまった。確かにまだ下山は苦手である。
 時間はまだ昼前である。登山としては物足りない。しかしK氏はもう充分、という感じである。畳平までにはいくつか小さなピークがある。目の前には富士見岳というピークがあって、標高差はたぶん100メートル強だと思う。IZUMO氏とM岡氏が「ここに登りませんか。」というのでGIZUMOは「二人で行っておいでよ。」と答えた。「よし、じゃあ行くか。」「12時30分のバスに間に合わなかったら飯を奢るんだよ。」とちょっとプレッシャーをかけておくのも忘れない。
 GIZUMOとK氏はのんびりと来た道を下りていくのだが、二人は昼飯が気になったようでかなりのペースで登っていく。我々が反対側に着くころ途中から走って下ってくるM岡氏が見えて笑ってしまった。わずか二十分足らずで登り降りできるのだからたいした高さでもないのだろうが、若い二人にはいいエネルギーの発散になっただろう。

 再びバスに揺れて平湯まで下りた。昨日から風呂に入っていないので温泉が楽しみである。キャンプ場によって割引券をもらっていざ温泉へ。
 町営の日帰り温泉で脱衣場もそんなに広いほうではない。内湯は狭く洗い場もそう数があるわけではない。こいつは外れかなぁ…、と思いつつ露天に出ると、なんとなんと奥のほうまで六つも広い浴槽があるのだ。こいつは豪華である。一つずつ足を入れると微妙に温度が違う。まだ昼なので客も少なく、ほぼ貸切りである。いつものごとくGIZUMOとK氏、IZUMO氏は広い湯船でプカプカ浮いていたのだがM岡氏の姿がすぐ見えなくなってしまった。どうやら彼も烏のようだ。IZUMO氏も最初は烏の行水だったが、GIZUMOが鍛えたせいか温泉でプカプカ浮かぶ技まで体得し、今ではゆったりと入るようになった。M岡氏も鍛えねばならないな。

 山梨からこっち、カツ丼 というと不思議なものが出てくる。丼の御飯の上に普通のカツとキャベツが乗っかっているのだ。これをこちらでは正式にはカツライスと呼ぶようである。確かにライスの上にカツが乗っているのだから間違いないが、普通カツライスと言えばカツとライスが別々のお皿に乗って出てくると思っているので吃驚してしまう。そこでM岡氏が普通のカツ丼が食べたいと言い出し、この日の昼食はカツ丼を求めてさまようことになった。
 まず温泉の食堂にいったがカツ丼は見当たらずパス。時間がないので帰り道で捜そうということになった。いくつかの道の駅も候補に挙がったが、どうもそれらしい食堂は見当たらない。GIZUMOは上高地の駐車場の辺りの食堂にあるのではないか、とふんだ。こういう場合ほとんど勘が頼りである。下手をするととんでもないものを食わされる可能性もある。こういう勘はGIZUMOはわりと鋭いのだ。上高地から下って、バス乗り場や駐車場を過ぎた辺りにドライブインを発見。わりと小奇麗だがほとんど車は停まっていない。「あそこで食おう、」ということになった。
 そこではとても立派なカツ丼があった。けっきょく全員がカツ丼を食べることになった。なんなんだこれは。いい大人が揃いも揃ってカツ丼とは……。で、できたてのカツ丼は大変美味しかった。しかしGIZUMOは腹の調子が悪く、半分ほどでギブアップ。残りはM岡氏に食べられてしまった。カツ丼の一杯くらい食べられるようになりたい。その時GIZUMOは真剣に思ったのであった。

 帰りは順調で予定より一時間ほど早く帰宅ができた。今回はGIZUMOにとってはこの夏最後の登山となった。(なんか夏が始まったばかりなのに最後とは……。)秋に再び再開するまでは仕事に打ち込むことにしたのだ。もっともこの暑さで低山は無理だし……。3000メートルの乗鞍に気の合った仲間と登る。こんな楽しい山行きもまたないだろう。キャンプではお互いに他人に言えない家庭の事情や悩みを語り合い、まるで百年の知己を得たような気分である。元祖休憩隊員のM岡氏ともなかよくなれてよかった。もし、来年、元気に山が登れたら、IZUMO氏が言っていた穂高や白馬、もちろん八ヶ岳にも挑戦したいものである。

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