最大のオーパーツ・妙義山登山

5.7
妙義山登山

 朝、七時前に起きてスキイチ宅を出る。お母さんに朝食は?、と聞かれたが食欲もなかったので辞退してそそくさと出てきてしまった。長野ICから長野道に乗って佐久方面に走る。途中さかきPAに立ち寄って洗面、トイレなど済ませてコーヒーを飲んで一服。本日の計画を確認し直す。昨日の雨もこの辺りではあがっていて雲が切れて晴れ間が見えてきている。妙義も晴れてくれればいいのだが…。
 かなりのんびりして十一時頃横川SAに到着。ここから妙義山がよく見えるのである。見ているうちに雲が取れてその異様な姿をくっきりと見せている。これなら登れそうだ。ここで早めの昼食をとり、とりあえず非常食のサンドイッチや飲み物などを仕入れて出発した。
 松井田妙義ICで下りると十五分くらいで妙義神社に着く。とりあえず道の駅の駐車場に行くと車がまばらながら人はかなりいる。入口のところに登山者用駐車場の案内が出ていたのでそれに従って移動する。そこから更に下の方に登山者用の駐車場がある。そこに車を停めていざ出発である。
 駐車場から道の駅まで長い階段がある。その向こうに妙義山の威容が聳えている。とても自然の造形物とは思えない異様な形である。もしかしたらこの山全体が人工的なものではないのか?、というのが今回の登山のテーマである。わくわくしながら妙義神社に向かう。
 午前11時40分、駐車場からずっと、かなり階段を登って妙義神社に入る。神社の中もずっと階段で、登山道はその奥から始まるのである。山門は非常に立派で仁王様が二人、こちらを睨んでいる。本殿も素晴らしく見事な彫り物が建物を巡っていて、しかも極彩色に彩られている。本来どんな神様が祭られているのか調べるべきなのだが、位置的に妙義の岩の真下なのでだいたい察しがつく。多分古代からこの場所に祭られていた国つ神が本来の神様なのだと思う。そして現在は別の神様、つまり後から来た天つ神が祀られているはずである。
 境内の横に案内板があり、大きな字で「熊に注意、」とある。山頂付近で熊を目撃した、と書いてある。それから白雲山へのルートは通れない、とも書いてある。本当はそっちに行きたいのだが、体力的なこともあるし、単独行ということもあって危険は避けたい。今回は中間道を行くことにした。
 二十分ほど急な登りをグイグイ登っていく。今日は午前中雨だったので登山者は全くいない。鳥の声だけが友達である。時折右の方に妙義の岩の側面が見える。それで自分がどのくらい登ったかが分かるのである。
 「第一見晴らし」からは道の駅や駐車場が見える。高層ビルの三十階くらいから見下ろしている感じかな。とにかく小さく見える。

 そこから三十分ほど歩いて第二見晴らしに行くのだが、中間道というくらいだから平坦で楽な道だと思ったら大間違いである。とにかく急登り急下りの連続である。しかし巨石のすぐ真下を歩いたり時折素晴らしい景色が見渡せたりする楽しい道でもある。今までの疲れもあるので登るのは苦しいがそれにも増して驚きの連続である。
 第二見晴らしは高さ三メートルほどの岩の上にある。鎖を手繰って登ると、狭いが確かに見晴らしがいい。ここで中ノ岳付近の岩山をバックに記念撮影。しかしどうも高いところに登ると動作がぎこちなくなる。ひょっとしたら高所恐怖症なのかな…?。
 更に歩いていく。道は気持ちのいい雑木林を抜けてみたり、突然巨石の真下に出てみたり、とにかく変化が物凄い。またアップダウンがたくさんあってとても心穏やかに歩けるものではない。だから歩行時間よりも長く歩いているような感覚になる。それだけ疲れやすいというわけだ。
 タルワキ沢コースというのにぶつかるはずなのだがそれらしい道が見当たらない。ここではないか?、と思われる場所もあったのだが、あまりにも小さくて、しかもとても降りて行けそうには見えなかった。また少し行くと白雲山からのコースに当たる。ここにも「上級者向きコース」という看板の下に「現在通行止め」の文字があった。中間道でこのていたらくである。とてもじゃないが単独では行けない道である。
 東屋を目指して「本読みの僧」という小さな岩を通り過ぎた辺りで初めてハイカーに出会った。やはり急登りの途中だったのだが、一人目の人は荷物も持たず杖をついておりてきた。その後にやや初老の人が汗をかきながらおりてきた。「イヤー、こんなにひどい道は初めてだね。大砲岩のところで間違えてこっちに来ちゃったんだけど、こんな登りきついとこはないよ。」とぼやいている。「こっちも神社まではけっこうきついですよ、」と答えた。「どこかで車道におりるつもりだ。」と言って立ち去った。さっき通り越したタルワキ沢に下りるあのワイルドな道を行くつもりなのだろうか。

 カメラを片手にあれこれコメントを入れながら撮影しつつ歩くうちにようやく東屋にたどり着いた。ここで疲労困憊である。ここで二時、約二時半間歩いてきたことになる。この先まだ一時間ほどコースはある。そこから下に戻るのに約二時間。東屋のベンチに腰を下ろしてしばらくぼんやりしてしまった。
 そこからのコースはいくぶん雰囲気が変わってきて、どんどんワイルドになっていく。東岳の下辺りになると目の前に巨石の峰が立ち塞がる。巨大な岩に鉄の梯子が掛かっていてここを登らなければならないのだ。この梯子が半端じゃなくて、二十メートルほど登らなければならない。振り向くと下界が広がっている。本当に足が竦む。「この梯子、大丈夫だろうな…、」とそっと付け根を見るとちゃんとコンクリートでしっかり留めてある。これが外れたら真っ逆様である。
 登り詰めると、今度は巨石の下を又々梯子で渡らなければならない。これだけ奇妙な格好をした山に登ってるんだからこのくらい当たり前だと思っていても怖い。
 それでもしばらく行くとなんだか人の声が聞こえてくる。それもかなり大勢の、男の声も女の声もする。団体が向こうから来るのかと思って様子を見ながら進むと大きな看板のある場所に出る。「大砲岩」と書いてある。先ほどのハイカーが言っていた分岐とはここのことか、と思って岩のほうに向かう。すぐに五メートルほどの岩が立ち塞がっていて鎖が垂れている。女の人がいて、「ここを登るんですよ、」と先にたった。どういうわけかリュックもなにも持っていない。私はカメラをリュックにしまって鎖を掴んだ。
 登ること自体はどういうことないのだが、今回はリュックを重くしていたのでバランスがとりづらい。いざ登ってみると上はまるで馬の背中のようになっている。「オワッ!、」思わず声が出た。大砲岩は一度降りてもう一つ向こうの岩を登らなければならない。馬の背のところには手摺がついていて、その向こうにも行けるようになっている。女の人はそっちに行って座っている。私はその手摺に捕まってようやく腰を下ろしたが動けなくなってしまった。
 「自分がこんなに高所恐怖症だとは思わなかった。」と一人で呟いた。女の人があれこれ解説してくれた。「あそこに八ヶ岳がよく見えますよね、」と言われたときにはどうしてここにK氏を連れてこなかったのか悔やまれて仕方なかった。話ながらとにかくデジカメで周囲を撮るのが精一杯であった。
 話を聞くうちにここはどちらかというと岩登りが好きな人が来るところのようである。そういう気持ちの準備を全くしていなかったのでこういう状況になってしまったのである。ヘッピリゴシで下におりるとすぐに大きな休憩所がある。とにかくそこに腰をおろしてフ、と振り返ると、そこはなんとあの有名な第四石門の前なのであった。「なんだ、ここだったのか!、」私はデジカメで記念撮影などしつつ、あちこち行ってビデオに収めていった。大砲岩のときに気付くべきだった。

 充分撮影を終えて帰路に着くことにした。ずっと道標に出てきた「中ノ岳神社」を目指していくのだが、なんと十五分ほどおりると着いてしまった。そして神社を通り過ぎれば巨大な駐車場があって、そこにはかなりの車が停まっているではないか。最初からここに来ていればこんな苦労しなくても取材はできたのに…、と悔やんでみたりしたが、しかしこの苦労があって妙義山そのものを味わえたのではないか、と考え直すことにした。
 巨大な岩壁の下の車道を十五分ほど歩くと一本杉の分岐に出る。ここからまた山道に入る。入ったところに大きな別荘が建っている。この日は誰もいないようだが、どんなところにも家を建てる人がいるのだと感心してしまった。
 この道もまた誰もいない。けっこうきつい下りが続く。雰囲気は普通の山のようである。地図を見ると25分と書いてあるのだが、疲れているせいかどうもずいぶん長く歩いているような気がしてならない。車の音が聞こえてきて、それを頼りに下っていくとようやく車道に出る。別にどういうわけでもないのだが、とにかく人の気配がある場所に出るとほっとするのである。

 車道をブラブラと歩いていくとやっと駐車場の上に出る。階段をグングン下って懐かしい駐車場にたどり着いて本当にほっとした。17時10分。約五時間半の道行きであった。
 なんだか悔しいので車で上の駐車場まで行ってみた。途中苦労して歩いた道を噛み締めながら。駐車場の奥のほうに車を停めて改めてここから見た妙義山をカメラに収めることにした。やはり凄い迫力の山である。そして私にはどうしてもこれが自然に出来た山とは思えないことを再確認していた。もし、そうだとしたらどうしてこの山だけが、どんな作用でこんな形になったのだろうか。つい昨日、富山の天柱石を見たわけだが、石の形状はほとんど同じである。ただその数十倍巨大な石が何十個も複雑に入り組んで出来上がっているのである。私の印象の中で天柱石が霞んでしまった。
 もしこれが人工的なものだとして、これを造った人のセンスを考えていた。美的感覚で言えば、確かにある意味では美しいだろう。しかし私の感覚から言えばこの形状はグロテスクである。しかし美的感覚というものは時代や状況によって変わってしまう。とにかく妙義山にはなんらかの人工的な美的感覚があることだけは間違いない。
 以前写真で見た月面上の人工建造物の印象と似ているような気がした。それらはとても現在の我々のセンスからいえば奇妙な形をしている。もちろんシンメトリーでもないしなんらかの規則性があるわけでもなさそうである。機能的かと言われればそうなのかもしれないしそうでないのかもしれない。しかしそれが人工物であることはなんとなく分かるのである。そしてその感覚が妙義山に似ているのだ。

 そんなことを考えながらくるりと反対を向いてぼんやり遠くの山々を眺めていて驚いた。南西の方角に稜線が真っ平らの山が見えるのである。そして右側でストンと切れているのだ。これはどうやら佐久にある荒船山である。あそこには、ここから見てこのような形状に見えるのだからかなり巨大な平らな峰があるはずである。見ていてなんとなく笑いがこみ上げてきてしまった。「そうなのかぁ…、」ここは古代人の壮大な美術館なのだ。妙義の不思議な形、荒船山の幾何学的な形、このバランスを楽しんでいたのではないだろうか。そしてこの辺りを人工衛星から見たらひょっとしたら月や火星の人工建造物のように見えるのではないだろうか。

 妙義山、荒船山、両神山に続く奥秩父山塊、五丈岩のある金峰山、瑞牆山の間に点在する巨石群。そして山田久延彦先生が指摘している韮崎の堆積台地、茅野、諏訪と続く八ヶ岳山麓の人工的な地形と一つの超古代文明の跡が連綿と続いているのが見て取れるような気がする。
 実際にこうしてこれらの山々を目の当りにしていると、いったいそれが何のために造られたのかは分からないのだが、ある種の雰囲気はほのかに伝わってくるものがある。壮大な宇宙的ロマンである。

 こんなことを信じようが信じまいが人生は過ぎ去っていく。帰りは妙義ふれあいプラザの中にある「もみじの湯」に浸かって疲れをほぐした。今日辺りは地元の人達が銭湯代わりに入りに来ているようだ。ここにはごく平凡な日常がある。目の前に巨大な妙義山というオーパーツが聳えている。このギャップに現代の我々が抱えているものを感じないわけにはいかない。
 この地球上のどこかで陰惨な殺しあいが行われ、規模は小さくても我々の日常には相手を馬鹿にしたり愚弄したり、つまり自分以外の者の存在意義を感じることのない生き方をくり返している。誰もが心の底でこんな生き方が正しくないことは分かっていても、答えを見出せないでいる。喘ぐようにまがい物の教えにのめり込んでいく者さえいる。そしてそのまがい物の教えのためにまた殺しあいをしてしまう。だからこそこんな巨大な遺産を残してくれた人達の心にさえ気が付かないのだ。

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