
2005年最初の登山は以前から気になっていた大山三峰山になった。昨年の一発目はその下にある鐘ヶ岳。ちょっと物足りない登山だった覚えがある。今回はその後ろに聳える934Mの山である。ガイドブックなどによると急峻なコースなので上級者向きと書いてある。GIZUMOが今どの位の経験者なのか自分では判断できないが、今までかなり厳しいところを歩いてきたので大丈夫だろうと多寡を括って出掛けることにした。
一月十八日、天気は良いがかなり寒い一日である。メンバーはIZUMO休憩隊長、K氏、GIZUMOの三人である。朝六時半にIZUMO氏の車で出発、途中でK氏を拾い、コンビニなどで食料を調達した。出発地点の広沢寺温泉の駐車場には八時頃到着、着替えや準備運動などをして八時二十分に出発した。
昨年下ってきた林道を今度は登っていく。今回はいつものように間が空いたのであまり自信が無い。ずっと家でコンピューターの前に座っていたので足腰はかなり鈍っていると思われる。そんなことをブツブツ言うものだからK氏が喜んで快調そうである。どうしてGIZUMOが不調だとK氏は喜ぶのかなぁ?。
40分ほど登ると見覚えのある山の神トンネルに到着。ここで一休みする。GIZUMOはコンビニで買ったサンドイッチをここで食べておく。やはり登りはエネルギーを消耗する。今回は体の要求するまま何回か区分けして食べることにした。
山の神トンネルは人気の無い林道にある。いかにも心霊スポットのような雰囲気でここを一人で通り抜けるのは昼間でも気味が悪い。K氏と二人で入っていったのだがトンネル内には照明もない。ただでさえヒンヤリとする空気の中、ドキドキしながら歩いていた。しかし、それは見た目の演出に過ぎないと思う。数々の心霊スポットを体験したGIZUMOの感じだと、トンネルの中は心霊的なものはなにもないように思う。確かに気持ちのいいものではないがお化けに弱い方も安心して通っても大丈夫です。
ここからの林道は次第に雪と氷が道を覆ってくる。白い雪の部分はまだいいが凍った部分はツルツル滑るので危険である。あまり景色も見ずに路上ばかりを見て歩くことになる。しばらく行くと橋がある。キャンプ場の看板だけがあるがそれらしきものは見えない。なんか寂びれた感じが淋しいものがある。GIZUMOはここでうっかりの橋の上の凍った部分に入ってしまった、「GIZUMOさん危ないですよ、」というIZUMO隊長の声に気が付いた。恐る恐る氷の外に出る。「迂闊でしたねぇ、」という隊長の声に「迂闊でした……、」と同じ言葉をくり返すのみであった。
トンネルから三十分ほどで不動尻に着く。かつては大きなキャンプ場で立派なセンターもあったようだが今はその土台だけが残っている。日陰の部分には雪が二十センチくらい積もっている。ここで又々一服。いよいよ本格的な登山が始まるのである。
ここで大山方面と三峰山方面と分かれている。我々はコースを右にとって三峰山に向かう。と、すぐに大きな看板がある。「ここから先は急峻な道が続くので引き返す勇気も必要です。」と書かれている。この看板とK氏を一緒に記念撮影。「もしなんかあったときはこの写真を見て『アー、馬鹿だねぇ、』って笑うんでしょ。」とK氏はGIZUMOの魂胆を見抜いている。付き合いが長いと先を読まれてやりづらいね。
しかしこの看板に偽りはなかった。しばらくは渓流に沿った山らしい道が続くのだがすぐに鎖場に出る。しかも足下はかなりの雪である。「こんなのが続くのかよ…、」確かにGIZUMOはたじろいでしまった。鎖場はそれほど嫌いではないのだが、細い道に雪はかなり怖い。ちょっと滑っても崖下に転落である。鎖場を越えて少し行ったところで雪がかなり深くなる。「悪いけどアイゼン付けるわ。」とGIZUMOはアイゼン第一号になった。K氏はいつものトレッキングシューズ、IZUMO隊長も「まだいいでしょう、」と付けないでいる。GIZUMOはどうも神経質なのかもしれないがとにかく滑る恐怖には勝てず買ってから初めてアイゼンを付けることにした。
気分的なものなのだろうがそれからは全然平気で歩けるようになった。簡易アイゼンなのでゴム紐一本で靴に付けているだけだし、三センチほどの歯が四本出ているだけで実際にはどれほどの効果があるのか分かったものではないのである。だからかなり気分的なものが大きいと心の中では思っているのだが、その気分がこれほど歩きを左右するのも事実なのである。
そこからしばらくは川に沿って細い道が続き、時折鎖場がある。IZUMO隊長とK氏はアイゼンを付けない代わりにストックを出している。GIZUMOも一本だけストックを出したが、あまりストックに頼らず歩くようにしていた。長い鎖場でIZUMO隊長がストックを落としてしまう。今回はかなり苦戦しているようである。アー、面白い。
川が次第に下に見えてくるようになるといよいよジグザクのきつい登りになる。休憩を挟んでいよいよクライマックスである。「ヨシッ!、」この時GIZUMOは腹の底からどういうわけか気合いが入った。それまではウジウジ調子が悪かったのだが、泣いても笑っても登らなければならないのである。そう思ったら自然に気合いが入ったのかもしれない。雪を踏みしめながら登る長い急坂はかなりしんどいものだった。しかも常緑樹に覆われていてなかなかゴールが見えない。GIZUMO、K氏、IZUMO隊長の順に歩くのだが、後ろからK氏の苦しそうな息遣いがずっと聞こえている。きつくなると次第に軽口もなくなってくるのである。「いつまで続くんだろうね、」とK氏のボヤキが聞こえる。時折足を止めて呼吸を整えたりしたが休憩をとらずに四十分ほど登るとようやく稜線に出た。ここにはベンチもあり、ここで小休止にした。
ここからは三峰山の最初のピーク、南峰が見える。あそこで昼食という感じである。「アー、腹がへったぁ、」とIZUMO隊長が言うのを尻目に、GIZUMOはここで買っておいたホットケーキを取り出して食べることにした。エネルギー補給はまめにするのだ。二つ入っていたので隣にいるIZUMO氏に「どうぞ、」といったのだが「イヤ、いいです、」と断る。「食べる?、」とK氏に差し出すと尻尾を振って飛んできた。「ウマイ!、」疲れた時の甘いホットケーキはなににも増して御馳走である。
体力を回復して二十分ほど、鎖場有り急登り有りのルートを楽しむと南峰に出た。頂上は陽が当たるせいかほとんど雪はない。しかし周囲に木が生えているので展望も良くない。とにかくここで昼食である。汗をかなりかいてしまったので座っていると急激に冷えてくる。たまらずリュックにしまってあるシャツをとトレーナーを出して着替えたのだが、今まで着た服はグッショリ濡れていた。これでは風邪をひいてしまう。
昼食のお弁当はカミさんが作ったお握りとサラダである。しかし時々食べていたのであまり入らない。なんとかお握り一つとおかずは食べたが後は残してしまった。これがのちに効いてくるのである。
さて、昼食中に反対側から初老の男性が一人登ってきた。「こんにちわ、そっちは雪はどうですか?、」と声をかけると、「凄いですよ、アイゼンを持ってこなかったんでたいへんですよ。」とぼやいた。実はここで戻るか物見峠から煤ガ谷に抜けるか決めかねていたのだ。GIZUMOは来た道を戻るのはどうもかったるい気がした。そんな気持ちを共有していたのか、IZUMO氏が「先に進みましょう、」決めた。さっきの老人が来てくれたことがとても助かることになった。
食事も済んで寛いでいるとなにやらモールス信号のような音が聞こえてくる。「あれなんの音ですかね?、」とIZUMO氏が不思議そうに呟いた。音のする方に目を凝らすと松の枝の向こう側を啄木がつついているのが見えた。GIZUMOは生まれて初めて啄木が木をつつく姿を生で見た。「どこどこ、」とIZUMO氏も発見して感激している。最後まで気が付かなかったK氏だが、「あれは松の木じゃなくてその向こうの木をつついてますね、」と鋭い観察を披露した。しばらく三人でうっとりと見惚れてしまった。こういう光景に出会うと苦労して山に登ってきた幸福を感じるのである。
さて、いよいよ下りである。ここから先ずは北峰を目指す。全体に山の北側になるので確かに雪は深くなる。さっきの男性が足跡を残してくれたので先頭のGIZUMOはコース取りは楽であった。しかし積雪が五十センチ近くあるので歩く度にいちいち腿を高く上げなければならないのが応える。二十分ほどで大山三峰山の頂上に到着。ここでみんなで記念撮影をした。
ここから物見峠の分岐を目指したのだが雪でかなり苦戦した。IZUMO隊長もK氏ももちろんアイゼンを装着した。K氏はGIZUMOが買ってきた簡易アイゼンで二本のゴムで止めるもの。トレッキングシューズにはぴったりだったようだ。IZUMO隊長は六本歯の軽アイゼンで威力はあるのだが岩場や階段ではかなり不利なのである。この辺がこういう山の難しいところかもしれない。下りはずっと小さな瘤を登ったり降りたりの連続である。その度に鎖場や階段に出くわす。GIZUMOはそうでもないのだがIZUMO氏はかなり時間を喰ってしまった。
瘤が終わったところでルートが大きく崩れている場所に出た。歩いていてすぐに崩れるようなことはないのだがやはり山の片側が大きく削れている。しかしそこに立つと丹沢の主峰が奇麗に見渡せるのである。これは大感激の景色である。IZUMO氏は何枚撮れば気が済むのだろうと思うほどカメラを覗きっぱなしである。みんなしばらく足を停めて広大な山の姿に見惚れていた。
そこからは勾配は急でもないが長いダラダラ下りが続く。雪が無ければ楽なルートなのだろうが足を上げなければならないのでIZUMO氏やK氏はかなり辛そうである。GIZUMOは実はあまり気にならなかった。と言うのは雪がクッションになったのか膝への負担がいつもより少ないので快調なのである。とんだところで雪が味方をしてくれたようだ。
物見峠の分岐にたどり着いたのは三時を過ぎていた。二時のバスはとうに行ってしまったので次は五時までバスがない。急いでもしょうがない、ということでのんびり休憩をとることにした。GIZUMOはここで残したお握りと沢庵を食べた。IZUMO氏は「もう食べるものがない…、」といささか不機嫌である。こういう食べ方が山では理想かもしれない。腹は楽だし体力も回復する。
さて、ガイドブックには三峰山山頂から煤ガ谷までコースタイムが二時間半とでている。しかしいかに雪に足を取られたとはいえ時間がかかり過ぎである。これは後に調べて分かったのだが、ここは普通でも三時間半から四時間くらいかかるのである。だから我々が蛞蝓の如く遅いわけではなかったのだ。しかしこの時は最初のコースタイムでスケジュールを考えていたIZUMO隊長はあまりの遅れに腹が立っていたのかもしれない。「バスの時間までにはたどり着けるでしょう、」とやけくそ気味になっていた。
物見峠からグングン降りて、三十分ほど行くと鹿除けの柵がある。その柵の壊れた門を過ぎた辺りから急速に雪がなくなった。ようやくアイゼンから開放されたのだ。ここからは普段の山歩きである。しかし雪道で消耗したのかK氏はだいぶ膝にきていたようだ。GIZUMOも疲れはしたが膝は全然痛くなかった。しかも下りの勾配はそんなにきつくない。ただ長いだけである。
アイゼンを外して一度だけ休憩を挟んで一時間半、なかなか煤ガ谷にたどり着かない。時計の針は限り無く五時にちかずいている。辺りは次第に薄暗くなっている。GIZUMOはかなり足を速めた。今回雪で疲れているK氏やIZUMO氏にはちょっときつかったかもしれない。町場の屋根やサイレンの音が聞こえてもなかなか山道が終わらないのには閉口した。しかしようやく車道に出た。ちょうどそこで作業をしている人がいたので「バス通りまではどのくらいですか?。」と訪ねると「すぐそこだよ、十分かからないと思うよ。」と答えた。どうやらバスには間に合いそうである。
やや急な車道を下るとようやくバス通りに出た。真っ暗になる寸前である。まったくいつものIZUMO休憩隊のパターンである。どんなに余裕を持って挑んでも必ず下山はぎりぎりである。そこでしばらく待つとバスが来た。ところがバスといってもただのマイクロ、ワゴン車なのである。さすが田舎である。こういうのは初めて見た。広沢寺温泉入口で降りてここからまた駐車場まで歩かなければならない。これがけっこう辛かったな。
午後六時、真っ暗な駐車場に到着。なんだかものすごく夜遅い感じがする。とにかく無事に帰ってこれてほっとした。
着替えて一息。温泉に向かったのだがいつもの別所温泉がお休みで急遽厚木の「ほのかの湯」に行くことになった。ここでまたナビゲイターのK氏がトンチンカンで散々笑わせてくれたのだが、疲れて腹がへっているIZUMO隊長の忍耐はぎりぎりだったかもしれない。ようやくたどり着いたほのかの湯は日帰り温泉としてはちょっと高めだがなかなか面白いところだった。特に一メートル以上と深い露天の立ち湯は気に入った。この感覚って子供の頃を思い出すのかもしれない。大人にとってはなんでも無いお湯も子供にとっては深いものである。だから深い湯に入るとそんな感覚が蘇るような気がする。
ファミレスで食事をとる。GIZUMOはIZUMO隊長には悪いがここでビールを一杯だけ戴いた。イヤァー、その美味かったこと。登山の後の一杯は止められませんなぁ。そしてなんだかんだ言っても九時半頃には帰宅。なんとか無事に終わったのであった。
ずっと気になっていた大山三峰山。コースガイドの通りなかなか急峻な山ではあったが、その分変化があって楽しいコースだった。今回の失敗点は雪を甘くみたこととコースタイムを誤った点だろう。別の本を見ると全然違うコースタイムが書いてある。三峰山から煤ガ谷まで、普通に歩いてもとても二時間半では降りられないだろう。こういうところはやはりもう少し丁寧にリサーチするべきだったかもしれない。今回だって一歩間違えば遭難になっていたかもしれないのだ。
しかしK氏はいたく気に入ったようで、季節が暖かくなったらまた一人でも来たいといっている。今度は広沢寺温泉からの行き帰りで登ってもいいかもしれない。でもあの山が崩れていたところから見た丹沢の山々の雄大な景色は忘れられない。あれを見るのならまた煤ガ谷まで行くコースを辿らなければならない。アア、ここが悩ましいのである。

