★信仰の山、鐘ヶ嶽に登る

 2004年初の山登りはひょんなことから始まった。このページでもお馴染みのロビー川崎こと川崎真吾が昨年末から調子が悪いといって家に閉じ籠もりがちなのである。どうやら家庭の中でたいへんなことがあって心労が続いて、その反動が来たようなのだ。そこでたまには山にでも連れ出そうと思って誘ってみたのだ。最初は二人で宮ガ瀬の仏果山に登る予定だった。そのことをK氏に漏らしたら一緒に行く、という。結局IZUMO氏も行くことになり、なんのことはない、登山部の初上りになってしまったのだ。
 1.23日、九時に川崎のところに迎えに行った。宮ガ瀬の駐車場には11時に待ち合わせなので十分間に合うはずだったのだ。しかし予定というものはどうしても狂うもので、川崎を拾って淵野辺、上溝方面へ向かったのだが道はずっと渋滞。結局駐車場に着いたのは12時になってしまった。K氏とIZUMO氏には何度か連絡を入れていたので、二人で湖のあちこちで写真を撮って時間を潰していたようだ。彼等も川崎とは顔見知りなので軽い挨拶を交わした。GIZUMOはこの時間では仏果山は無理だと思い、以前企画して潰れていた鐘ヶ嶽に行くことを提案した。IZUMO氏もその方がいい、ということで車二台でそちらに向かった。
 目印の広沢寺温泉はそこから車で15分ほどである。広い駐車場があって、そこに車を停めてさっそく登山開始である。ふとK氏を見るとリュックにポール状のものを持っている。やっとその気になってストックを買ったのか、と思って聞いたら、実はキャンプ用のイスであった。「絶対イスは必要ですよ、」などと言いながらニコニコしている。川崎が唖然としていた。
 来た道を少し戻って細い旧道からハイキングコースに入る。まだ民家がポツポツとある。のどかな風景である。IZUMO氏があちこちの道標をせっせと撮っている。さすが「道標オタク」である。しばらく行くと鐘ヶ嶽登山口の道標があり、その向こうに鐘ヶ嶽が聳えている絶好の撮影ポイントに出た。そこでK氏もカメラを取り出し、GIZUMOと三人で同じような写真を撮ってみたりする。
 ものの本によると鐘ヶ嶽は古来山岳信仰の修行地として栄えていたそうだ。山頂のすぐ下には浅間神社があり、登山道自体が参道なのである。全部で二十八丁に区切られそれぞれ石仏などで表示されている。わりと低い山なので今でも初日の出を拝んだり、初詣でをしたり、その頃には賑わうらしい。
 いわゆる参道に入ると山らしい道になる。ずっと家に閉じ籠りっぱなしだった川崎だがやはり若さなのかグングン登っていく。我々「IZUMO休憩隊」はいつものペースでじわじわと登っていく。確かに道のそこらここらに石仏があり、何丁目かが刻んである。しかし大山のときのようにコース自体がそれほど苦しくはないので嫌味にはならない。
 40分ほど登ったところで一息つくことになった。さっそくK氏がイスを取り出したのだが、なかなか広げられず焦っている。「なんだ、簡単、ていってた割には苦労してるじゃないの、」とからかうと余計に焦っている。イヤー、愉快愉快。
 山頂付近は森になっていて眺望が良くないらしい。コースガイドによると手前に見晴らしのいい場所があるというのでそこでお弁当を食べることにした。そこまでは以外にあっさりと登ってしまった。確かに眺望は素晴らしく、私は双眼鏡を持ってきたのだが、遠くの町のマンションの窓まで見渡せた。横浜方面の眺望が素晴らしかった。
 さて、皆で持ち寄った弁当を食べ終わると、山頂を目指すことにした。すぐに階段に出会う。我々IZUMO休憩隊は階段に対してトラウマがあって、おじけづくというか慎重になるというか、とにかく極端にペースが落ちる。しかしそんなことは知らない川崎は一人でドンドン登っていく。階段はかなり急で登りづらい。しかし、思ったよりすぐに終わってしまってほっと一息である。階段の先には浅間神社があり、ここで記念写真など撮っていたのだが、にわかに北風が強くなって寒くなる。そそくさと先を急ぐ。
 神社の裏山、てな感じで鐘ヶ嶽の山頂に出る。ここには不気味な仏像があり、一人で来たら気味が悪い感じである。そこで又々休憩。皆で記念写真などを撮った。時間は二時を過ぎていた。寒くなってきたので下山することにする。

 参道とは反対側に下っていくのだが、雰囲気は来た道と一変して山に来た、という感じが味わえる。川崎はかなり元気が出たようで一人でドンドン下ってしまう。我々はいつものペースでゆっくりと下っていく。「川崎の奴どこまで行ったんだろうなぁ……、」とGIZUMOが呟いた瞬間、「ワァッ!、」と川崎が近くの木の陰から飛び出した。我々はかなり驚いてしまった。マ、このくらい元気が戻っているなら由とするか。しかしアホである。
 かなりの急坂をジグザグに下っていく。辺りは一面枯葉に覆われている。時折ガサガサ、となにかがいる音がする。「オアー、」下で川崎が声を挙げた。「どうした?、」「何かいる……、」どうやら野生の動物を見たらしいがなにかは分からないようだ。「熊かな?、」K氏が心配そうに言った。「イヤー、まだ冬眠してるでしょう、」とIZUMO氏。そんな我々のすぐ近くでガザガサ、と音がした。「ン?、なんだ…。」と思った瞬間、「キョーン、」と大きな声がした。ビク、とした。すぐに岩の向こうを見たのだが、動物の影は全く見えない。「あれは鹿の声だね。」とGIZUMO。「うーん、聞いたことないけど、あれが鹿なんだ……、」K氏がそれなりに感動しているようだ。「生の鹿の声は初めてですね…、」山の経験が豊富なIZUMO氏も初めて聞いたという。これだけでも鐘ヶ嶽に来た甲斐があったというものだ。いい経験をした。
 さて、時折鹿の気配を感じながら下っていくとIZUMO氏の大好きな分岐点と道標に出会った。さっそくIZUMO氏がこと細かく記録している。そちらについてはIZUMO氏のページを見てもらうとして、我々はここは休まずに下っていった。しばらくすると広い駐車場に出た。その横には不気味なトンネルがある。ここは「山の神トンネル」と呼ばれている。駐車場には車が二台停まっているが人影はない。どうやら森林整備の人達の車らしい。かなり下ってきたのでここで休憩をとることにした。
 川崎も久し振りの山歩きでだいぶ気分転換ができたようである。GIZUMOはこの不気味なトンネルに興味があってちょっと行ってみた。そういえば「奥村超常現象調査隊」で一度このトンネルの話が出たことがあった。しかし、ただ不気味だ、というだけでこれといった因縁話もなかったので調査はしていない。トンネルの入口に来ると確かにただならぬものを感じる。中はライトもなく真っ暗である。ここを一人で抜けるにはかなりの勇気がいるだろう。しかし、あまり霊的なヤバサは感じない。たいして霊感のないGIZUMOのいうことだから当てにはならないが、構造的に気味が悪いのではないだろうか。
 気がつけばもう四時近くである。「日が暮れないうちに行きましょう。」IZUMO氏の声に出発した。しばらく行くと大きなゲートがある。歩きならいいが車は入れないようになっている。さっきのトンネルへも一般の車は入れないのである。だからあまり使用感がなかったのだろう。そこにも三台ほど車が停まっている。これも林業関係者のものなのだろうか。トンネルからはずっと舗装された林道歩きである。これはこれで足が楽なのである。
 20分もすると元の駐車場に戻った。今日は急遽計画した登山で予定も代わり時間的にも余裕がなかったのだが、最後の最後で山の雰囲気を味うことができて良かった。帰りはいつもの「別所の湯」に浸かってのんびりした。平日なので人もたいしていない、のどかな山あいの湯である。ここでK氏、IZUMO氏と別れて私は川崎を送って帰ることにした。
 いろいろ事情があるにしても、こうして自然に接することで自分を取り戻して欲しいと思う。そう簡単なことじゃないことは分かっている。GIZUMOだってなんと二十年もかかってやっと現在の心境に辿り着いたのだ。そしてまだまだ先は長い。落ち込むときもあるし全てが厭になってしらけてしまうときもある。そこから自分を取り戻すのは至難の技だ。しかし、自分で自分を取り戻さなければ誰も助けることは出来ないのだ。川崎の横顔にかつての自分の姿がダブる。こういうことに気がつくだけでもましなんだぞ、ということだけは伝えたい。

モIZUMO氏の鐘ヶ嶽登山のページ

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