
昨年(2006)、仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳制覇を目ざしてN友さん、OB2さんと初めて南アルプスを訪れた。徹夜で高遠、長谷村の戸台口まで来て、早朝のバスで北沢峠に向い、その足で仙丈ヶ岳に登った。この無謀なスケジュールが祟って翌日GIZUMOは甲斐駒を途中敗退してしまった。その時「今日は甲斐駒に呼ばれていないな、」と感じた。駒津峰まで登った二人も雲がひどくて帰ってきた。帰りに白州のサントリー工場付近から見上げると、甲斐駒はクッキリ姿を現し「来年いらっしゃい」と呼んでいるように感じた。
その想いがずっとあって、梅雨が明けたらすぐに行きたいと思っていた。そして八月三、四日、ついに願いを叶えることになった。
今回はOB2さんと二人である。甲斐駒だけに絞って、前日北沢峠で一泊。2000mの高度に体を慣らし、早朝出発する予定である。
午後一時、戸台口に到着、仙流荘で汗を流した。二時のバスで北沢峠へ。泊まりは大平山荘にした。ここは北沢峠よりやや下にあり、甲斐駒からは遠いのだが昨年立ち寄った時感じが良かったので選んだ。バスは我々だけの貸切り状態である。高度を上げていくと鋸岳の向こうに甲斐駒がクッキリ姿を表した。双児山、駒津峰の稜線が見える。明日はあそこを歩くのである。このまま晴れてくれればいいのだが…
三時に小屋に到着。既に外のベンチでは幾つかのグループが酒盛りをしていた。宿泊手続きと荷物の整理をして我々も早速ビールで乾杯した。ベンチに座って飲んでいると、OB2さんが女性二人の登山客に話しかけたくて仕方がない様子である。まぁ独身だからしょうがないけど、どういう訳か山に登ると女性がみんな奇麗に見えるのは不思議である。四時半に夕食。みんなで一緒に飯を食うと打ち解けてきて次第に話が弾む。ほとんどの人がこの日に仙丈ヶ岳を制覇した人達ばかりである。実に元気である。件の女性達ともなんとか話ができた。彼女達も仙丈ヶ岳に登ってきたという。明日は甲斐駒だというのでOB2さんは一緒にいきたそうだったが、彼女達の体力には到底ついていけそうにないとGIZUMOは判断した。
六時頃までしたたか飲んで床に就いた。GIZUMOは急に気分が悪くなってトイレで吐いてしまった。体調は良くない…。
三時頃目が覚めた。すごい雨音が聞こえてくる。なんだか大雨が降っている様子だ。ところが外に出ると、確かに曇っているのだが雨は降っていない。ちょっと心配だったが今日はなんとしても行く覚悟である。
弁当の朝食を無理やり詰め込んで、四時に一番乗りで出発した。まだ薄暗く、ヘッドライトを点けていく。雲の中、という感じで湿度が高くすぐに汗が出てくる。長兵衛小屋を過ぎて仙水小屋に向かう緩やかな登りをゆっくりと歩いた。
04時50分、仙水小屋を通過。しばらく行ったところで暑いので上着を脱いでいたら昨日の女性陣にあっさり追い抜かれてしまった。足取りがやけに軽い。「あんなのと一緒に行ったら恥かいてたな…。」OB2さんがにやけている。
二十分ほど歩くと石がゴロゴロしている殺風景な場所に出る。ここで若いアベックに追いつかれる。歩き辛い道をしばらく行くと仙水峠に出た。魔利支天が目の前に聳えている。その向こうに甲斐駒が白く見えた。その雄大さは筆舌に尽くしがたい。たぶんカメラに撮っても伝え切れないだろう。実際にこの目で見た者にしか分からない感動である。そしてその頂上まで今から登るのである。気が遠くなりそうである。
ここまでは以外に早く感じたのだが、ここから駒津峰までの登りはきついものだった。途中何度か休みつつも、しかしGIZUMOとしては良い調子で登っていった。向かいに栗沢山が見えて高度が分かりやすいのだ。東側は雲が切れて山々が見えるのだが、南からの風が強く、高度が上がると雲が吹きつけてきて体力を奪われる。空気も薄くなっているせいか頂上付近になるとかなり苦しくなっていた。OB2さんは耳が痛いと言い出した。急激な気圧変化について行けてないのだ。

07時00分、ようやく駒津峰に到着。しかし雲に囲まれていて真っ白である。正面に見えるはずの甲斐駒は時々うっすら姿を見せるが全容は分からない。「ここまで来たんだから行きましょうよ。」OB2さんが口を尖らす。「当然だよ。」GIZUMOも決心は変わらない。
駒津峰から甲斐駒へのルートは一度下る。まるで崖を下るような場所が連続している。雲に隠れてよく見えないのだが、もし晴れていれば足が竦んでしまうような細い尾根の岩の上を渡ったりする。風が強く、踏んばりながら歩くので体力を使う。双児山から来た人と合流したのかいつの間にか人が増えている。その人達と追いつ追われつ下り切ると甲斐駒に取りつく。しばらく登っていくと直登と巻道の分岐に出た。
前の人がきつい岩場でもたついているのを待っていたら巻道から下ってきたいかにもベテランの登山者という感じの男性が「今日は雲があって直登コースだとルートが分からなくなるからこっちの方がいいよ。」とアドバイスしてくれた。こういうことは素直に聞くものである。という訳で巻道に向かった。といってもすぐに厳しい岩場がある。先が思いやられそうだ。
しばらくすると緩やかになる。ふと振り返ると駒津峰がクッキリと見える。凄い景色である。こんなところまで来たのかぁ…。しかし雲の中にある甲斐駒はまだまだ先である。ここでGIZUMOは「蟻の行進」と勝手に呼んでいる細かいステップで登った。この方が結果的に早く着くのだ。空気が薄いので苦しい。風が強くて体力が奪われる。悪条件である。そんな中でも前の人に追いついてきた。

しばらく行くと突然魔利支天が目の前に姿を現した。「オオ!、凄い…、」思わず立ち止まって手を合わせた。神々しいという言葉がぴったりの光景である。近くで見るとまさに甲斐駒ピラミッドをサポートするなにかの装置のようにも見える。ここで一息ついていたら先を越していった山小屋の女性二人が降りてきた。「もう少しですよ。」と声をかけてくれた。「上はどうです?。」「真っ白、」と叫んでうさぎが跳ねるように下っていった。「とってもかなわないね…。」呟いたらOB2さんが「あんなにBUSUでしたかねぇ、」と叫んだ。山の不思議なんである。
ここから先はそんなでもないのだろうが、とにかく息が苦しくて立ち止まりながら登った。白い雲の中から突然目の前に巨石が現れる。近寄ってよく見ると細かい石英、水晶の結晶がびっしり詰まっている。石英角礫岩である。この場所にこのような石が配置されているというのはいかにも人工的である。石そのものも人工的に見える。疑う余地のない古代文明の神の宮なのだと思った。
追いついてしまった人達の後について小高い山頂に着いた。「やったのか?、」と思っていたら「ここは違う。甲斐駒神社で山頂はもう一つ向こうだよ。」と声が飛んだ。しぶしぶ雲の中をルートに沿っていくと少し登ったところに祠が見えた。ここが山頂である。「ヤッタァ!、」ついに登り切った。

まさに雲の中で景色はなんにも見えない。せっかく呼ばれてきたのにそれはないだろう…、と思ったが、喜びが内側から涌いてきた。山頂には巨大な石が点在している。その石の一つに思わず抱きついてしまった。母の懐に飛び込んだような安らぎが一瞬心に広がった。自分の内面の弱さが出たのかな…。甲斐駒はそれを許してくれたような気がした。
09時00分、山頂で昼食をとることにしたのだが、とにかく風が強くて落ち着かない。岩の間に入り込んで腰を下ろした。しかしGIZUMOはぜんぜんお腹が空かないのである。OB2さんはお握りを出して頬張っている。持ってきたソーセージもみんな彼にあげてしまった。辛うじてカロリーメイトを二本だけ食べた。膝が痛い。いつもの二倍登ったので靭帯が限界に近づいているような気がした。不安である。岩はもちろん石英角礫岩である。岩の間に入っていたのだがますます具合が悪くなっていくような感じである。二十分ほどで下山することにした。
山頂はいつの間にかたくさんの人がいた。お湯を沸かしてお茶を飲んでいる人もいるし、酒で乾杯している人もいる。余裕だなぁ。OB2さんもちょっと寒そうで、味噌汁くらい作りたかったですね、と呟いていた。
下山はOB2さんが先頭で行ったのだが、すぐにルートを見失って行き止まりの崖に出てしまった。「戻ろう、」少し戻ると見覚えのある矢印が見えた。ここは気をつけようと思っていたところである。これでGIZUMOが先を歩くことになった。
分岐までは一気に下りたが、そこで息が切れて休んでいると、登りの人達が次々とやってくる。狭い尾根道なので擦れ違うのがたいへんである。駒津峰までの登り返しはきついのだが、手を使って岩を登るので膝の負担が弱まるので助かった。ここで追いついた人達はかなりグロッキーに見えた。やはりきつい山なのである。
10時40分、駒津峰で一休み。風が強いので草の影に身を潜めた。どうも膝がもちそうもない。ここでストックを使うことにした。仙水峠までの下りは段差がきつい。ストックに頼らなければ歩けなくなっていただろう。お陰で一時間のところを二時間近くかかってしまった。OB2さんは帰りに白州のサントリー工場に行ってオネーサンに合いたかったようだが、ここで焦ってはいけない、と宥めつつの道行きになった。
12時20分、ようやく仙水峠に着いた。ここからは膝への負担も軽くなる。それでもストックは手放せなかった。もう9時間近く歩いている。体力も限界に近い。OB2さんはなぜか焦っている。仙水小屋を過ぎるとドンドン飛ばして先に行ってしまう。膝が楽になったとはいえこのペースはかなり厳しい。
13時40分、北沢峠に到着。2時のバスに間に合わせる為に大平山荘までもう少し下らなければならない。しかし小屋に辿り着いた時、無情にもバスは行ってしまった。定刻よりもだいぶ早く…。憤慨するOB2さんに「遅くなるから先に行ってるよ。」ともう一度北沢峠まで登り始めた。苦しかったが、なんだか次第に満足感が出てきた。この辛い山を登り切ったのである。その充実感かもしれない。
バス停で落ち合ってすぐに、週末ということで臨時バスが出た。結局14時30分に出発できたのでOB2さんは少し溜飲を下げたようだ。道すがら甲斐駒を見上げたら、なんと他は晴れているのに甲斐駒だけに雲がかかっている。なんて意地悪な…。しかし、これで良いのかもしれない。GIZUMOは景色ではなく、甲斐駒の持つ波動、甲斐駒ヶ岳に宿る神に呼ばれていたような気がするのだ。そう考えることにして手を合わせた。
バスの無線に駒津峰で怪我をした人がいると入ってきた。山梨側からヘリコが来て運んだのだが、同行の人が四時のバスに間に合わないので待つように、という指示だった。たぶん擦れ違った人達の誰かである。やはり厳しい山なのである。GIZUMOも気を緩めたら膝がいかれてヘリコのお世話になっていたかもしれない。余計にやり遂げた充実感が込み上げた。

高遠の「桜の湯」に浸かって一息。膝はだいぶ回復したが、運転は元気なOB2さんに頼んだ。簡単に南アルプス、甲斐駒仙丈などと言うが、GIZUMOのような者にとっては大変な山である。いつも登っている山二つ分である。今回はビデオも背負っていたのだが、撮ることもなかった。余計なものが多すぎた気がする。もし、もう一度来るとすれば、仙水小屋に泊まって、雨具を着て弁当と水だけ持っていくくらいでないと無理だろう。
下山した直後はもう二度と来ることはないと思ったのだが、帰りの高速ではぼんやりもう一度行きたいと思っていた。今度は展望を見せてくれそうな気がするし、一度登れば大体のペースが分かるのでもう少し楽に行けるだろう。さて、甲斐駒ヶ岳はもう一度GIZUMOを呼んでくれるのだろうか…。それはまったく分からない。ゆっくりペースに付き合ってくれたOB2さん。どうもありがとうございました。また一緒にどこかの山に登りましょう。

