
2003,8,21、冷夏で十日も連続で雨だったのがようやく終わって、この日は久しぶりにお日様が出た。以前から長丁場の登山に挑戦したかったGIZUMOは満を持して出掛けたのである。
予定では八王子からバスで陣馬高原下に行き、高尾に抜けるつもりだった。6:34の、南大沢−北野駅行きの始発バスに乗れば、7:10分の京王八王子駅−陣馬高原下行きのバスに乗れる、八時には陣馬山に登り始められると考えていた。ところが、北野駅に着いたのが7:05、とうてい陣馬行きのバスには間に合わない。バスは一時間に一本なので、八王子で一時間も時間を潰さなければならない。そこで、急遽高尾山から行くことにした。
高尾山口行きの電車にはすぐ乗れた。七時台なのでまだラッシュには早かったが、反対側のホームには出勤の人たちの姿がちらほら見える。申し訳ないような気もするが、やっぱり気分が良い。昔、よく思ったもんだ。ラッシュの電車の中から、反対行きの電車に乗れたらどんなにいいだろう、と。夢が叶ったのである。
高尾山口には7:20に着いた。看板で陣馬まで七時間、ルートを確認するとすぐに登りはじめた。人はまだまばらである。先が長いので、ルートは一番楽そうな一号路を選んだ。この日はかなり蒸し暑く、ちょっと登ると汗が吹き出してきた。今日はいつものように車を使わなかったので、リュックが重い。弁当、水、着替えのほかに小さな魔法瓶の水筒にコーヒー、履き替え用の靴まで入れてきたのだ。出掛けに計ってみたら6キロもあった。体重が73キロだから、GIZUMOの足には79キロ、80キロ近くの重さがかかっているのだ。何度も登っている高尾山の坂道が今日は重く感じる。いやな予感が走ったりする。
8:05、ケーブルの駅に到着。丁度ケーブルカーが着いたところで人がゾロゾロ出てくる。50人くらいいるだろうか。薬王院方向に歩いていく。よく見ると坊主頭の人が何人もいる。どうやらお坊さんも通っているようだ。ハイカーの人たちもいるが、たぶん売店に働きにきている人たちが多いんだろうな。GIZUMOは人込みを避けて4号路に入った。一転、山の雰囲気に変わる。吊橋などを渡り、40分ほどで直接高尾山頂まで抜けられた。
8:45、高尾山頂。出掛けにバナナ一本食べたのだが、猛烈に腹がへってしまったのでお握りを一個食べた。早朝のことで売店もまだ閉まっているし、人も五、六人ほど。お握り一個食べるとお腹はいっぱいになった。あまり時間をかけずに出掛ける。階段を下りだすと、いつも疲れ気味の右足がちょっと重い。不安がよぎった。
ここから城山までは登山部で二回行ったところだ。だいたいの察しがつくので少し急いで歩いた。あまり巻道もとらず、正攻法で登ったり下りたりしていると、初老の御夫婦のハイカーに抜かれたりしてしまった。彼等は巻道を使ったようだ。いつもはなんだかんだしゃべる相手がいるのだが今回は一人。頭の中にいろいろなことが浮かぶ。道が濡れているので景色を見るよりも足元を見ていることが多い。足元には私が「宇宙蜘蛛」と名付けた、小豆くらいの胴体に10センチくらいの細い足がついた、なにかSF映画の人工的なセンサーのような格好の蜘蛛(実はよく観察すると、足は6本、あとの2本は触覚らしい。だから正式には蜘蛛ではない。)がたくさんいる。十歩歩くごとに足もとにいる。彼等を踏まないように気をつけながら歩いていくのだ。
9:25、一丁平に到着。右足がかなり痛くなってきた。足の付け根辺りが痛い。一休みしてから再び歩き始める。ここから城山までは少し登りがある。あと200Mというところからがかなりきつくて、ヒーヒー言いながら登った。
9:50、巻道らしきコースを辿り、城山の売店の後ろに出たときにはひっくり返りそうであった。ベンチにたどり着くとしばらく横になってしまった。ここの売店の「なめこ汁」はなかなかおいしいのだ。しかし昼食にはまだ早い。売店の中でガタガタ用意をしている音がする。誘惑を断ち切って出掛けることにした。
ここから小仏峠までは以前に来たとき膝が痛くなって非常に難儀した場所なのである。けっこうきつい下りがあるのだ。今回も次第に膝が痛くなってきて、以前のことを思い出してしまった。今回はまだごまかせそうだったので、歩き方を変えたりして乗り切った。
10:20、小仏峠に到着。誰も人がいない。売店も廃墟化していて寂しい限りである。最初の登山でここまで来て下山したのだ。ここから先はいよいよGIZUMOにとって未知の領域なのである。登りはじめて丁度三時間、ここで下りればいつもと同じになってしまう。本で調べるとここから景信山までが一番きついコースである。ここを乗り切ればあとは尾根歩きで楽ができる。私は続けることを決断した。
ここからは右足の付け根の痛みとの戦いである。登りはじめるといったん止まって歩くペースを遅くする。坂が緩くなるとまたペースをあげる。歩きながら「なんでこんな辛いことをしているんだろう、」などと考えてしまう。コースタイムは40分、距離にして1.5キロほどしかないのだが一人だと気も紛れず、黙々と歩くしかないのだ。景色などぜんぜん頭に残らない。最後の登りではついに右足が上がらなくなってしまった。手でジーパンの膝の辺りを掴んで持ち上げてやると少し楽になった。ここでもあと200Mが辛かったのである。
11:00、ついに景信山に到着。Tシャツは汗でびっしょりである。二組、四人のハイカーが高尾方面が見渡せるベンチで昼食をとっていた。私は後ろを向きながらTシャツを着替えた。それからベンチにしがみつくようにして昼食をとることにした。といってもお握り一つと簡単なおかず。でもこれがおいしいのである。足の方はかなり痛かったが、ここからでは戻るにしても進むにしてもかなり歩かなければならない。本を見ながら進むことを考えていた。水筒に入れてきたコーヒーを飲むとかなり落ち着いてきた。苦労して背ってきたかいがある。よくIZUMO氏が山頂で飲むビールのうまさの話をするが、実感として分かる。GIZUMOはビールよりもコーヒーのほうだが。

三十分休んでお腹もいっぱいになったところで先に進むことにした。ここから明王峠までは約4キロ、比較的平坦な尾根道だし、けっこう巻道があるのできつい登りはなさそうである。それに休んだおかげで足も楽になった。歩きを楽しもうと意気込んでいたのだが、すぐにちょっとした下り坂にさしかかった。道が滑りやすく、踏んばらないと進めない。そうこうしていたら太っていたときと同じように膝が痛くなってきたのだ。「ヤバイ!」私は心の中で叫んだ。「弁当も食べたし水も半分くらいはなくなった。体重も落としたんだから以前とは違う!、」私は心の中で自分に言い聞かせながら進んだ。幸い下りはそう長くはなく、歩きやすい平坦なコースになった。陣馬方面から来たハイカーとも挨拶を交わしながら最初は余裕がまだあった。しかし4キロは長い。時間を気にしつつ歩くものだから自分でも休みをとる気になれず、ついつい歩いてしまう。半分程来たところでかなりばててきてしまった。
ようやく堂所山の巻道に到着。「どうしよう、このままじゃとてもじゃないけど陣馬まではもたない。本を見ると明王峠の手前に陣馬高原下と美女谷から相模湖に抜ける二つのー林道がある。ここから下山するか。でも、今下りたらたぶん膝がダウンする。なんとか明王峠まで行って、そこから藤野に下りた方がいい。などと考えていた。コース自体は緩やかなのである。小仏から景信山までが登りのピークだとしたら、景信から明王峠までは長さのピークである。GIZUMOにとっての未体験ゾーンはやはりかなりきついものだった。ここから先はずっとこの心の葛藤を続けながら歩いていた。六対四で藤野に下りるほうに傾いていた。しかし、ホームページに「陣馬山敗退」と書いている自分を想像すると非常に情けない気がして、できれば頑張りたい、という気持ちもあった。まさに迷い道だった。コースがきつくなると藤野行きが浮かび、楽になると陣馬行きが浮かぶのだ。そんなことをくりかえしているうちにようやく明王峠にたどり着いた。
12:50、コースタイムに遅れること十分でようやく着いた。まず売店が目に飛び込んできた。どこか横になれるところ、と見回すと売店の向こうに木のベンチがある。売店は閉まっていて無人だった。GIZUMOは這うようにベンチに上がると、さっそく靴を脱いだ。足はもうパンパンである。リュックを下ろして横になると、しばらく起き上がる気力がなかった。蝶々が一匹そばを飛び回っていた。どうやら彼女の縄張りらしくいっこうに逃げない。ちょっと目で追っているうちにいつしか眠ってしまった。時々誰か、ハイカーが来て休んでいる気配があったが、ほとんど気がつかず、爆睡していたようだ。

気がつくと13:30だった。右足がつりそうになったが、姿勢を変えてなんとかごまかす。さて、どうしよう。このまま藤野に下りるか、陣馬まで行くか。もう一度最後のコーヒーを飲みながら本を見て考えていた。もしものときのことを思って買っておいたチョコレートを少しだけ食べると、やや元気が出た。ストレッチなどして靴を履くと、足はだいぶ回復していた。落ち着いて明王峠を歩き回って観察。道知るべには陣馬まで1.8キロとある。さっきの半分の距離である。標高差もさほどない。コースタイムは一時間となっているが、感じではそんなにないように思う。それからバス停まで約4キロ。藤野までが5.8キロ。どちらにしても同じようなものなのだ。それでは陣馬まで行こう、と決断。13:40に明王峠を出発した。
ポカリスウェット一本を残してリュックの中の食料は全て無くなり、かなり軽くなった。体重も以前より十キロ軽いのだ。そんなに足にくるわけがない、と自分に言い聞かせながら歩く。さっきのコースを体験したせいか自分のペースがほぼ分かるようになり、だいたいどれくらいのところを歩いているか察しがつくようになった。途中、ヘリコプターがかなり接近して飛んでいた。もしかして墜落するんじゃないかと思うほど近くだった。最後の登りはやっぱり足を引きずるようだったが、想像通り約45分で陣馬山に到着。
14:25、陣馬山の白い馬の前に立つことができた。やっぱり感激である。やはりベンチにしがみつきながらしばらく動けなかったが、心の底からじんわりと喜びが沸き上がる。登山をはじめて9ヵ月目で初めての長丁場をなんとか制したのである。この達成感が魅力なのかも知れない。山頂には若いカップルとおじさんが一人、私を入れて四人だけである。なんとか記念撮影をすると、回りの山を眺めるのもそこそこ下山することにした。陣馬の空はまだ明るく日はさしていたが遠くで天鼓が鳴っている。ちょっといやな予感がしたのである。

14:45、下山開始。本で調べていたので和田峠までは階段ではなく巻道で行くことにした。最初は急な下りが多く、膝がかなり痛かったのだが、騙し騙し行くうちに坂は緩やかになってきた。不思議なもので傾斜が緩くなると途端に膝の痛みは治まるのである。ここが私の弱点なのだろう。
15:10、和田峠に到着。これから先は舗装された車道を下るのだ。道標には3.7キロとある。およそ一時間、かなりの長さである。とにかく行かなければ帰れない。休まずに下りはじめた。さすがに車道ということもあって膝は大丈夫だった。この辺に減量の成果が出ていると思うのである。でも、この林道は登りだったらきついと思う。一切休みがなく登り続けである。逆から来ていたらもっと前にへばっていたかもしれない。
三分の一ほど歩いたところで突然空が暗くなって雷雨が降りだした。「チキショウ、一時間ずれていたらなぁ、」と舌打ちである。ザァー、とすごい音がして雨が降りだした。道は杉の林の中を通っていて、一ヵ所だけ枝が重なって雨宿りできそうな場所があった。そこで小休止をとる。足の別の部分がかなり疲れていてつりそうになる。体を坂の上に向けて、足を上り方向にしてやるとかなり楽になった。5分ほど休んだが雨はやみそうにない。なんとか16:15のバスに乗りたかったので濡れながら歩くことにした。
こんな風に雨に濡れながら歩くのはずいぶん久しぶりのことだ。最初のうちは気持ち良かったのだが雨に当たるのも限度がある。それこそバケツをひっくり返したような雨なのである。道は川のように水が流れている。Tシャツはビッタリ肌にへばりつく。だんだん惨めな気持ちになってくる。やはり3,7キロは長い。なかなかたどり着かない。かなり苛々してしまった。雨水が滝のように落ちる沢を見ると不法投棄のゴミが見える。こういうのを目の当りにすると「コンチクショウ!、」と思う。歩く道すがら「不法投棄は止めよう」の看板が目につきだす。こういう輩には天罰が下りますように、と、今天罰が下っているGIZUMOが祈るのであった。
坂が緩くなって民家がちらほら見え出す。どうやらバス停は近い。足は棒のようである。ようやくバス停が見えた。16:40、下山した。バス停の前に待合場所があって、そこに飛び込むなりリュックからタオルと着替えを出して濡れたTシャツを脱いだ。何台か車が通ったがそれを気にするどころではない。着替えた途端にバスがやってきた。グッドタイミングである。どしゃ降りの中、走ってバスに駆け込んだ。ようやく達成感に浸ることができたのであった。
陣馬高原下から八王子に向かって走るバスの車窓からのんびりした風景を見ながらつくづく考えていた。いったい何のためにこんな苦しい思いをするのだろうか。今回のコースは小仏峠から先は苦しみの連続であった。救いはポイントポイントで休憩所があったり売店があったりして、それなりに休憩がとれたことだ。登山中の爆睡も初めての経験である。みんなこんな思いをして山に登っているのだろうか。しかし、やはりこの達成感はなんとも言えない。陣馬山からの景色も靄っていて決して良くはなかったのだが心の中では忘れられないものになっている。そして、いつの間にか次はどこを登ろうかと考えている自分がいるのである。こういう状態をはまっているというのだろう。

