★二度目の八ヶ岳・硫黄、横岳をついに縦走!

一、出発

 2005.07.28〜29、IZUMO休憩隊で昨年敗退した赤岳、八ヶ岳に再び挑戦することになった。今回はGIZUMO、IZUMO隊長、K氏のほかにN友さん、M岡さんが加わった。天気予報では晴れが続くという、ここを逃してはチャンスがないというタイミングだった。
 M岡さんのハリアーに乗って一路美濃戸に向かった。諏訪南ICを下りると晴れ渡った空に八ヶ岳がくっきりと姿を現している。それを見ただけで心が浮き浮きしてくる。途中の田圃に車を停めてみんなで記念撮影をした。上機嫌である。


M岡さん、GIZUMO、IZUMO隊長、K氏、N友さん、

 IZUMO隊長は美濃戸口に車を停めて美濃戸まで歩く予定を立てていた。この時期混んでいて駐車場は空いていないだろうという予想をしていたからだ。しかし現地に着いてGIZUMOは車で上まで行くことを提案した。絶対空いている予感がしたからだ。IZUMO氏は美濃戸までの悪路で苦戦したことが引っかかっていたのかもしれない。M岡さんの車なら大丈夫。
 美濃戸に行くと最初のやまのこ村という小屋の駐車場がかなり空いていた。みんなホッと安堵である。そこでN友さんとM岡さんが持ってきてくれたお握りと山小屋のキノコ汁で昼食をとった。
 出発前に昨年リタイアしたK氏のリュックの荷物チェックをした。本人はかなり心外だったようだけど、他の人がいったいリュックに何を入れているのかはけっこう興味がある。やはり衣類が多い。IZUMO氏の指摘で何枚かは置いていくことになった。でも、K氏のリュックは他の誰よりも軽いのは確かである。満を持したK氏。今年も敗退したら何を言われるか分からないのである。
 午後一時過ぎ、小屋を出発した。なんだかんだで美濃戸小屋の前にある八ヶ岳の看板を過ぎたのは一時半である。ここから約二時間かけて赤岳鉱泉に向かう。私のリュックには焼酎一本とウィスキーの中瓶が一本入っている。N友さんに至っては焼酎が一本、ビールが六本も隠されていたのである。

二、赤岳鉱泉

 ここからのルートはGIZUMOとIZUMO隊長、K氏の三人は昨年通ったので色々と覚えている。大体あとどのくらいかも察しがつくのでペースも掴みやすい。初めてだが山を歩き慣れているN友さんは自分のペースで登っていく。昨日遅くまで仕事だったようでいつもよりややのんびりペースだが心配はない。これまた初めてのM岡さんがややしんどそうである。
 みんなカメラを手に道端で可憐に咲いている花を写真に収めたりしている。堰堤広場まではまだまだ余裕である。そこを過ぎると林道っぽい雰囲気から登山道に変わる。時折かなりきつい登りを越えたりする。ずっと川沿いなので次第に涼しくなってくる。谷間から硫黄岳が顔を出したりして八ヶ岳の雰囲気が盛り上がってくるとシャッターを押すのに夢中になってしまう。
 一時間ほど柳川北沢を登っていたのだが、M岡さんとK氏がかなり苦しそうである。「あとどのくらい?、」が始まる。K氏はだいたい察しがついているようなのでそれほど口には出さない。「ここまで来たら急いでもしょうがないんで休み休み行きましょう、」とIZUMO隊長がいつになく優しい言葉をかけた。やれやれとリュックをおろすM岡氏。「もうすぐそこだと思うんだけどなぁ…、」GIZUMOは呟いたのだった。
 天気が良くて明日登る予定の硫黄岳がよく見える。ここから見ると牙のように見える山頂。あんなところ登れるのかなぁ…、と不安を感じる。さて、と腰を上げて十分ほどで赤岳鉱泉が見えた。「なぁ〜んだ、すぐだったんですね、」とM岡氏は破顔一笑した。以外と早かったな、というのがGIZUMOの印象である。谷川の景色や花を楽しみ、八ヶ岳の風景を見回しているうちに着いてしまった印象だ。15:30、赤岳鉱泉到着である。
 IZUMO隊長が宿泊の手続きをしている間にGIZUMO達は写真を撮ったりしていた。ここで飲もう、とベンチを一つ確保しておく。山小屋は大混雑というほどでもないが、宿泊客が五十人以上、テントを張っている人達もいれれば百人近くいたんじゃないかな。
 IZUMO隊長が一部屋を確保してくれた。あまり山小屋を利用したことがないのだがかなり贅沢なことらしい。リュックをほどいて楽な格好に着替えをした。ここは赤岳鉱泉というくらいでお風呂がある。さっそく入りにいってみた。浴槽は四人入れば一杯。入ってみればやけにぬるい。ボイラーのスイッチを入れて暖かくなるのをずっと待っていた。N友さんとM岡さんはカラスの行水ですぐ出てしまった。いつものメンバーでずいぶん長湯をしてしまった。もちろん石鹸は使えないのだがお湯で頭を流すだけでもだいぶ違う。さっぱりして表に出た。
 赤岳鉱泉の施設はとにかく清潔感がある。特にトイレは昨年の行者小屋もそうだったがとにかく奇麗である。ホテル並みとはいえないが申し分ない快適さである。こんなに幸せで好いのだろうか…、と考えてしまう。
 夕食まで一時間ほどあるので外のベンチで酒盛りが始まった。N友さんが苦労して持ってきてくれたビールで乾杯した。実に美味い酒である。焼酎を開けてなんだかんだ言いながらダラダラと飲む。これほどの幸せがどこにあろうか、時が経つのも忘れてしまう。
 六時に夕食が始まった。広い食堂に用意されている。山小屋のことだから…、とあまり期待していなかったのだがここでも又々ビックリ、なんとジンギスカンの焼肉なのである。「スゲエ…、」と思わず声が出た。よく旅館で出てくる小さなコンロで肉を焼いて食べるのである。その外にサラダ、お味噌汁、ご飯はおかわりができる。肉の量もかなりあってGIZUMOは食べ切れなくてIZUMO隊長とK氏に分けてしまった。こんなに幸せでいいのかなぁ…。
 一時間ほどかけてゆっくり夕食をとると、みんな部屋に帰ってひっくりかえってしまった。GIZUMOはどうしても星空が見たかったので一人で外に出て、先ほどのベンチでチビチビと酒を飲んでいた。七時とはいえまだ薄暮で星は見えない。疲れと酔いで眠気が襲ってくるのを必死に耐えていた。ブラブラとテントの方に行くと西の空が開けて見える。その中に一際大きく金色に光っているものがある。最初は飛行機かと思ったが動いていないのでUFOか?、とも思ったのだが、実は金星であった。しかしGIZUMOはこんなに大きく見える金星は初めてである。よく金星をUFOと見間違えるという話を聞いたが、こんなに大きく見えると確かにUFOの母船に見えても不思議ではない。空気が澄んでいるとこんなにも星の姿が違うものかとつくづく思う。星の見えない街の暮らしは確かに自然のあらゆる素晴らしさをブラインドしているのを実感する。
 そうこうしていると空は次第に暗くなってきて頭上に巨大な白鳥座が姿を現してくる。昔はよくプラネタリウムに行ったのだが、子供の頃から一番好きだったのが薄暮から次第に星が現れる瞬間である。現実の星空はプラネタリウムよりもゆっくりだが、星座の規模が大きく見える。北西の空に北斗七星も出てきた。いよいよ星空のショウが始まったのである。
 一人で見ているのも寂しいな…、と思っていたら小学三年生くらいと一年生くらいの姉妹を連れたお母さんがやってきた。しばらく一緒に見ていたんだけど、なんとなく「あれが白鳥座だよ、」と声をかけたら「ヘエー、」と興味を向けてくれた。調子にのって「あれが彦星、あれが織り姫、」などと解説をしてしまった。子供たちは北斗七星を見つけて喜んでいる。そこから北斗星の見つけ方なども教えちゃったりした。
 実はGIZUMOは今回眼鏡を忘れてきてしまって、あまりよく見えないのだが、この星空だけはクッキリ見えていた。お母さんが人工衛星を発見。「ほら、あそこあそこ、」と指さす方に小さな光が夜空を横切っていくのが見えた。そのほかGIZUMOは流れ星も目撃した。「なにか願い事できた?、」と聞かれたので「カミさんが浮気の疑惑を無くすように、て願ったよ、」と言ったら上のオネーちゃんだけが笑っていた。わかっとんのかい?。
 もう少し待っていたら天の川も現れたのだろうが、GIZUMOはあまりの眠気についに限界を感じ、「また合おうね、」といって部屋に帰った。四人ともすっかり眠っていた。一番奥が空いていたので布団に潜り込むとGIZUMOもあっという間に眠ってしまった。

三、硫黄岳、横岳縦走

 翌朝は四時過ぎに起床。まだみんな眠っている。とりあえずトイレに行ったり歯を磨いたりした。まだ起きている人も少なく、全然余裕である。四時半になったので声をかけるとみんなすぐに起き上がった。隣あって寝ていたIZUMO氏にK氏がのしかかってきただのなんだのと修学旅行のようである。外に出てみると昨夜とは打って変わって曇り空。硫黄岳も赤岳も見えない。でも山のことだから晴れてくるのではないか…、とかなり楽観的な気持ちになっていた。
 M岡氏と朝のコーヒーを楽しんでいるとすぐに朝食になった。ごくありふれた朝食ではあるがご飯をお代りする人が多い。みんな食欲旺盛なんだなぁ…。お弁当を貰ってGIZUMOはさっそく出発の用意をしたが、IZUMO氏やK氏はこれからトイレである。トイレの前は行列ができていたんで時間がかかりそうである。
 さて、今日のルートで一番きついのは最初の登りだと思う。赤岳鉱泉から赤岩の頭まで、約二時間の登りさえ乗り切れば後はそんなにきつい所はなさそうだと踏んだ。
 六時半に出発。赤岳鉱泉の前の岩の階段を登りはじめる。鉱泉の人が「いってらっしゃい、気をつけて、」と声を掛けてくれた。こういう心遣いが気持ちがいい。
 GIZUMOが先頭で細い山道を登っていく。しばらくは景色も見えない林の中をひたすら登っていく。天気は曇りベースなのだが朝のことでまだ涼しい。雨になることはないと思うが、さてどうなるものやら…。
 三十分登ったところで休憩をとった。「ちょっとペースが早いですね、」とIZUMO隊長が言った。確かにM岡さんとK氏は辛そうだった。ここからはGIZUMOはしんがりにまわって、K氏が先頭に立った。単調なコースながら、十人ほどの団体と抜きつ抜かれつの登りだったので気が紛れて助かった。
 7:45、急に辺りの景色が変わり、すぐに赤岩の頭の下に出た。案外早かった感じである。ここでリュックを下ろして休憩。しかし曇っていてほとんど展望がない。たぶん登ってきた右手に硫黄岳があるのだろうが真っ白である。
 8:00、硫黄岳に向かった。白い砂地を登ること十五分、巨大で奇怪な岩の横を通り過ぎると硫黄岳山頂に出た。ここではもっと雲がかかっていて寒いくらいだった。みんな雨具の上を羽織ることにした。
 有名な看板のところで記念撮影をしたのだが、こう曇っていてはイマイチ気分が出ない。しかしながらやはり高山の雰囲気はあって緊張感がある。ここだけの景色を見るとなんとなくサイの河原のようである。
 十分ほど遊んで硫黄岳山荘に向かう。足下に可憐な高山植物が咲いている。紫が鮮やかなチシマギキョウ、淡いピンク色のコマクサが群生していて見事である。景色が見えない分こういう花が慰めてくれるようである。みんなカメラを出して思い思いのショットを撮っている。のんびりした道行きである。
 ここでアクシデントが発生した。K氏の靴のソールが剥がれてきたのである。K氏は機能よりもファッション性を重視するので、常々IZUMO隊長から登山用のちゃんとした靴を買うように言われていたのだが、今回も安物のトレッキングシューズで来ていたのだ。「だから言ったこっちゃない、」という顔をしつつもこのままでは大変なことになるので硫黄岳山荘でN友さんが応急処置をとることになった。彼は大きなリュックに緊急用のグッズを持ち歩いているのであった。
 そんな折、GIZUMOは硫黄岳山荘で古代文字、あるいはマタギの文字と思われるものが描かれた石を発見した。と言うよりも小屋の正面に飾ってあるのだが、いかにも意味深長な感じで立てかけてある。グッと興味が湧いてきたのだが写真に収めて胸の中にしまいこんだ。まだ何だか意味が分からないからである。
 9:10、横岳を目指して出発。すぐにきつい登りになる。三十分ほど登ったところでK氏の反対側の靴のソールが剥がれてしまった。「やっぱり左右同じ出来なんだ…、」とK氏自身も呆れ顔である。通りすがるハイカーに見物されながらここでN友さんが応急処置。予備の靴紐でソールを縛りつけたのであった。
 しばらく行くとコマクサの大群生地に出くわす。雲がかかって幻想的な眺めである。みんな飽きずにシャッターを押しまくる。そうこうしているうちに雲がとれてきて野辺山方面の視界が開けてきた。やっぱり凄い。雄大な眺めである。
 やがて厳しい岩場になる。鎖を伝って切り立った岩を渡っていくのだ。まだ雲がかかっているのでそれほど怖くはなかったが、ピーカンだったら足が竦んだのではないだろうか。この辺で岩場の大好きなK氏がドンドン先に行ってしまう。丁度同じ所を六十才代の女性三人のグループがいて、N友さんは彼女達をエスコートしているのでペースが遅い。ほっとけない質なんだなぁ、と感心してしまう。

 台座ノ頭まで来ると奇跡のように諏訪方面の雲がとれて大同心が見えてきた。これがまた雄大で素晴らしい。昨日泊まった赤岳鉱泉も見える。「あんなところから登ってきたんですねぇ…、」とM岡氏が感嘆の声を挙げている。ここからは雲が流れるように通過する中、横岳の主脈になる岩峰を鎖伝いに越えていくスリル満点のルートを楽しんだ。
 10:15、奥の院に到着。ここからは小同心も見える。雲が切れ切れに流れていくので景色が見えたり隠れたりするが、それがまたいいのである。ここで記念撮影などしてゆっくり休んだ。K氏の靴はますますソールが剥がれて危機的状況である。N友さんが再度補強する。なんとか持てばいいんだけど…。
 再び赤岳目指して出発。ここからは八ヶ岳らしい岩のルートが続く。岩の峰を登ったり降りたり、楽しいと言えば楽しいし、しんどいと言えばしんどいルートである。我々が苦戦しながら鎖場を越えているうちにK氏が単独でドンドン行ってしまう。靴のこともあって一人になりたかったのかもしれない。こちらはとてもあのペースでは行けないので仕方なく見過ごした。
 この辺りは八ヶ岳のハイライトで、次第に雲が晴れてくると雄大な景色が広がって、こんな素敵なところを歩いていたんだ…、と再認識する。厳しい岩場の向こうに広がる岩峰の見事さ。とにかく足を止めて見惚れ、シャッターを押す連続である。
 11:12、遂に赤岳が前方に見えてきた。よく雑誌なんかで見るあのビューである。肉眼で見ると本当に感動する。まだ雲が薄くかかっているが、その全貌がよく見える。振り返れば硫黄、横岳の岩峰が急峻な姿を見せている。本当に「カッコいい!、」の一言である。
 11:45、地蔵の頭に到着。先に来ていたK氏がタソガレた顔で座っていた。ここから昨年泊まる予定だった赤岳展望荘はすぐそこである。しかしあえてそこまでは行かず、ルートの横にある岩の陰でお弁当を広げることにした。そう贅沢とはいえないお弁当だがお腹がペコペコだったので非常に美味しかった。N友さんがお湯を沸かしてスープを作ってくれた。なんと心憎いことをしてくれる人だろう。暖かくて美味しかった。

四、帰り道は遠かった

 お弁当も食べ終わったところでIZUMO隊長が赤岳を見上げながら「どうします?、」と聞いてきた。GIZUMOは即座に「次回の楽しみにとっておこう。」と答えた。実際ここから見る赤岳はかなり手強そうだ。行き帰りに一時間以上かかるし、みんなの体力を考えるととても無理だと判断したのだ。確かにここまで来て断念するのはもったいない気もするが、またいつか来れる日もくるだろう。それを楽しみにするのも一考だと思った。それになによりK氏の靴がもたない……。下山が決まるとK氏もM岡しも嬉しそうだった。もしGIZUMOが登ると言ったらついてくる気だったのかな?。
 12:45、地蔵の頭から下山開始。かなり険しいルートである。昨年、一気に赤岳展望荘を目指したわけだが、最後にこのルートを登るのは今考えれば無茶なことだとつくづく思う。
 「下りのK氏」と言われるほど別人に変身したK氏が鎖場もなんのそのとばかりにグイグイ下っていく。GIZUMOは歩き方を変えたのでK氏に負けないように付いていった。約三十分ほど下ったところで休憩。一気に降りててくると湿度が上がって暑くなる。着ていた上着を脱いだりした。
 13:50、行者小屋に到着。かなりの急降下にやれやれという感じでベンチにへたりこんだ。ここで冷たい水を飲んだりしてやっと落ち着いた。みんなかなりへばっている。ここでGIZUMOは大きなヘマをやってしまった。IZUMO氏の大切なカメラを落として壊してしまったのだ。なんてこったい。IZUMO隊長の命より二番目に大切なカメラだというのに。(ちなみに一番目は愛車のGOLF。)弁償することを約束に怒りをといてもらうことになった。
 M岡さんとK氏の二人の喫煙者はだいたいどこででもコソコソとタバコを吸っている。タバコさえ吸えばすっきりしてしまうんだろうな。N友さんは大きな荷物を背負ってくる若者達に興味津々だった。たぶん30Kgはあるであろう荷物をヒョロっとした若者が背負ってくるのである。大学のキャンプらしいが凄いものだ、と感心している。幾多の思いを残したままいよいよ八ヶ岳に別れの時を迎えていた。
 14:00、行者小屋を出発。柳川南沢を下り始めた。しばらくは深葉樹林の中をユルユルとくだる。二十分ほど行ったところで「ここで足がつったんだよね、」とK氏の昨年の失敗談がぶり返す。今回はちょっと辛そうだったのであんまり責めないようにした…。
 白河原のところで大きな荷物を背負った男性に遭遇した。どういうわけかボー、と突っ立っている。「???」と思いながら通り過ぎたのだが、IZUMO氏が「あの人サンダル履きだった。」という。あんな重い荷物を背負ってサンダルで登ってきたのだろうか…。もしそうならK氏もサンダルで来たっていいって話である。本当に不思議だ。
 道はやがて沢沿いの険しい下りになる。一度休憩を挟んで、そこからはK氏とGIZUMOが先行し、M岡さん、N友さん、IZUMO隊長が後ろで固まるようになった。GIZUMOは踵から足を下ろす歩き方に変えたのでかなり楽だし、K氏のスピードに遅れることはなかった。後ろから見ているとK氏の足の運びも踵からおろしている。はじめからK氏は下りに関しては理に叶った歩き方をしていたのである。
 この下りはコースタイムでも二時間である。下りだからと気を緩めているとやはりそれなりに体力を消耗するので疲れが出てくる。昨年K氏がこのルートの登りでバテてしまったわけだが、今こうして歩いてみて、やはりバテルだけの険しさがあることを再認識した。一番苦しそうなのはM岡さんである。GIZUMOと同じで膝にきてしまうのだ。楽な歩き方を教えたのだが急にはマスターできないのだろう。ストックを出してペースが落ちていく。
 途中、休憩していると先ほどの若者達が凄い勢いで下っていく。N友さんが話しかけると、もう一回荷物を持って登るのだという。エライ体力である。若さの違いとはいえなんだか情けなくなってしまう。
 グングン下ってしまうK氏を時々止めてM岡さん達とあまり離れないように待つようにした。やはり靴のことなどがあってK氏は沈みがちだった。もともと彼は適当な山歩きがしたいだけで、八ヶ岳だの白馬だのに興味があるわけではないのだ。今回も流れで来てしまったが、彼なりの主張があるようにも思う。確かにIZUMO休憩隊として、低山歩きから次第に難しい、きつい山に挑戦するようになっていった。GIZUMOは今まで全く知らなかった世界に引き入れてもらう喜びでここまで来たが、K氏にとっては「ちょっと違う、」という思いがずっとあったのだろう。直接そのことを語るわけではないが、彼の背中からそんな気持ちが滲み出ている。
 「どうして山に登るのか?」。それはそれぞれ違うだろう。誰が正しくて誰が間違っているわけではない。こうして縁あってグループを組んでいるのだからどこかで譲りどこかで主張することが大切だろう。IZUMO氏はK氏のある部分を「学ぶことがない。」と言うが、K氏にとっては「学ぶ必要性がない。」と思っているのだ。GIZUMOもそのことをカラカイとして笑っているが、K氏の本心を分かった上でのことでなければいずれ軋轢を生むことになるだろう。
 GIZUMOは登山の楽しさを教えてくれるIZUMO隊長に非常に感謝している。彼がいなければここに来ることもなかったし、横岳から見たあの雄大な景色を知ることもなかった。できればこれからも許されるだけ山登りはしていきたいと思っている。でも、K氏はたぶんそれを望んでいないと思う。自分に合った山登りで満足なのだ。そういう意味ではGIZUMOはK氏よりも貪欲なのだろう。
 川沿いの石がゴロゴロしている道は下っても下ってもゴールが見えない感じがする。M岡さんはかなりヘロヘロで歩く姿も痛々しい。膝が痛くなる苦しみはGIZUMOも十分知っているので見ていて辛い。GIZUMOは今回は全然膝にはきていない。ずっとK氏のペースを上回る感じで降りてきている。その分太股の裏側の筋肉が疲れている。
 やがて高さが三メートルほどある堤防が見えてくる。「いくらなんでももうそろそろだよ、」と励ましながら階段を登るとすぐに美濃戸山荘が見えた。「着いたよぉ、」と声をかけるとM岡さんが「ヤッター、」と切れ切れに叫んだ。
 16:00、いつもの休憩隊のペースで下山した。
 下界は相変わらず蒸し暑い。GIZUMOは美濃戸山荘の横の湧水を頭からかぶった。冷たい水がのぼせた頭に気持ちよかった。

五、エピローグ

 終わってみればいつものようにボロボロである。今回はタフなN友さんも疲れたようだ。帰りはIZUMO氏がリサーチした「もみの湯」に立ち寄って疲れを癒した。別荘地の中のかなりゴージャスな造りの日帰り温泉である。湯に浸かりながら様々な感慨に耽ってしまった。
 いつかまた八ヶ岳に来れるだろうか…。それは神のみぞ知ることであるが、なんとなく来れないような気がする。その一方で赤岳を登っているGIZUMOを空想したりしている。どうしてこんな弱気な気持ちになってしまうのか分からないが、人生の終盤であることは間違いないようだ。
 今回の登山は、一般的に見れば本格的な登山なのだろう。なにはともあれそれを無事に歩ききったことに自信を持ちたいと思う。特に不安だった下りの克服はやり遂げたのではないだろうか。できれば今まで膝が痛くなったルートに再挑戦して確かめたいとも思っている。
 ふだんあまり一緒に行動できなかったN友さんとも対等とまではいかないが迷惑をかけずに歩くことができてホッとしている。若いM岡さんとも気心が通じて楽しい思い出になった。IZUMO隊長にはまた良い経験を与えてもらって感謝の気持ちでいっぱいである。そしてK氏に対してもより理解ができて良かったと思う。
 なにかと学ぶことの多い登山であったが、ニコンのデジカメは授業料としては痛いなぁ……。

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