
GIZUMOの好きな作家に宮沢賢治がいる。彼の作品、童話や詩集などを読んでいると、彼が生まれ育った岩手県、花巻周辺のことがよく出てくる。彼はドリームランドとしての岩手県を「イーハトーヴ」と呼んだ。本当は彼の生きていた当時、厳しい状態であったであろう岩手県をあえてドリームランドと認識し、「イーハトーヴ」と名付けた宮沢賢治の感性に憧れるのである。彼にとって「岩手県」=「イーハトーヴ」は厳しい自然環境や社会環境の中でも、植物や鉱物、昆虫や動物、輝く星が話しかけてくるドリームランドであったのだ。昨今の多くの宮沢賢治ファンも、たぶんそうした、宮沢賢治が愛した「イーハトーヴ」というドリームランドに憧れて花巻を訪れるのではないだろうか。
GIZUMOは花巻の「宮沢賢治記念館」を都合三回訪れている。最初は子供がまだ小学生だった頃、カミさんと家族三人で訪れた。二度目はムッチー奥村君、ロビー川崎君、バニー本田君の三人と、いずれも東北旅行の一貫として訪れたのだ。どうしても誰かといくと、GIZUMOは相手のペースに合わせてしまうので納得するまで見学できないのだ。そして2002年、ようやく一人で訪れ、心行くまで宮沢賢治の世界を垣間見ることができたのだ。
花巻の宮沢賢治関連施設で一番好きなのは花巻農学校の中にある「羅須地人協会」の建物だ。学校の庭の中になんの変哲もない一軒の家が建っている。それが賢治が晩年を過ごした(晩年といっても30歳代の若さなのだが)「羅須地人協会」なのである。ムッチークンたちと訪れたとき、GIZUMOが学校の入口で「ちょっと待ってて、」といって鍵をとりにいったのを見て、彼等はずいぶん吃驚したらしい。まるで実家に来たように見えたからという。遠い花巻の一施設に精通していることが不思議だったようだ。別にそれほどのことではない。学校の受付で鍵を借りると建物の中に入ることができるのだ。以前来たときはそのことを知らず、外から見ているだけだったので、今度は中をじっくり見てみたかったのだ。
中はこじんまりとしている。廊下があって突き当たりを右に入ると十畳ほどの板の間の、いわば教室がある。ここには黒板があったりオルガンがあったりして、小さな教室の雰囲気がなんとも暖かい。椅子は六個ほどだと思った。冬、ストーブを囲むように並べてある。ここに農作業を終えた農民たちを集め、宮沢賢治は音楽を聞かせたり、肥料の説明をしたのだろう。あるときはセロ弾きのゴーシュよろしく彼自身がセロの練習をしていたのかもしれない。当時の雰囲気に浸ることができる数少ない場所なのである。左に行くと畳の部屋がある。なんにも置いていないので殺風景なのだが、古い日本の家の温もりがあって私は好きなのである。ここの係の人がよく掃除をしているらしく非常に清潔に保たれている。奥には階段があって、二階の「書斎」に通じているのだが、なにぶんにも古い建物なので大勢で上がると崩れる危険があるということで立ち入り禁止である。本心はちょっと上ってみたい。
ここを初めて訪れたとき、なかなか場所が分からずにずいぶんと車で走りまわった。そのおかげで花巻の風景をたくさん見たのだが、この農学校から宮沢賢治記念館に抜ける道から見える景色がGIZUMOはとても気に入っている。水田の中にこんもりと雑木林が島のようにある。小さな祠が垣間見える。その景色はいかにも賢治の童話の中に登場する一シーンを思い起こさせる。どこか懐かしい風景である。
花巻の宮沢賢治関連の場所として有名なのはもう一つ「イギリス海岸」がある。ここには最初に行ったとき親子三人で訪れた。しかし、ただ北上川が流れているだけの、なんの変哲もない川岸なのであった。ちょっと拍子抜けして、そこにいたあひるに餌などを投げてしばらくたわむれて帰った。後にテレビで同じ場所が出ていたのでよく見ていたら、北上川の水量が減ると、なんとそこには凸凹とした岩の海岸が出現したのである。そしてその光景はなるほど賢治が「イギリス海岸」と名付けたのに相応しいものなのである。残念ながらGIZUMOはこの光景を見ることはできなかったのだが、しかしその場所の雰囲気、規模などは分かる。はっきり言ってさほど広くはない。そこは賢治同様に空想力を働かせなければならない場所なのだ。
2002年に訪れたのは野澤師と山口三太夫師との東北旅行の帰りに一人で立ち寄ったものだ。どうしてもゆっくり宮沢賢治の世界に浸りたくてきたのである。今回は宮沢賢治記念館をゆっくり見て回ることだったのでさっそくそちらに向かったのだが、その手前で今まで見たこともない施設に出会った。それは「宮沢賢治童話村」という。広い駐車場にはバスが二台停まっているだけだった。入場は無料である。カメラを手にさっそく入ってみた。 中は自然を生かした広場とそれを森が取り囲んでいる。平日ということもあって人影はほとんどない。GIZUMOはゆっくりと施設を見回すことにした。時計回りに左に向かっていくと、野外ステージがある。こんなところで星空の下でコンサートなどできたら楽しいであろう、などと考えながらなおも行くと木製の小さな小屋が並んでいる。最初の小屋はおみやげ屋である。花巻ならどこでも見かける賢治関連のグッズが並んでいる。その先は「賢治の教室」と呼ばれる小屋である。動物、植物、星座などいくつもの教室がある。のんびり見回っていると小学生の一団が乱入してきた。「ワーワーガヤガヤ」さすがに子供はうるさい。そこにある様々なアトラクションを次々に試して「キャーキャー」いいながら過ぎ去っていく。でもちょっと寂しかったので子供の元気に触れてほっとしたりもする。

ここの目玉は「賢治の学校」と呼ばれる施設である。テーマにそった幾つかの部屋が用意されていて、賢治の世界に触れることができる。入場料は350円なのだが、確か500円出すと「記念館」にも入れる共通チケットが買えると思う。さて、一歩中に入ると、まず何にもない部屋がある。天井は高く、いわゆる吹き抜けである。部屋全体は淡いベージュの照明で彩られ、壁際に洒落た椅子がポツンポツンと配置されている。なんとも落ち着く部屋なのである。GIZUMOは椅子に座り、しばらくぼんやりしていた。正面にテレビがいくつか置いてあり、賢治に関する短い番組が繰り返し流れている。が、音は小さく押さえられているので空想を妨げることはない。といっても何を空想するでもなく、ただぼんやり時間を過ごすのである。至福の時間である。
さて、いつまでもぼんやりしているわけにはいかず、先に進むことにする。空や水をイメージした部屋に続く。それぞれ照明で色分けされている。圧巻は宇宙の部屋である。暗い中に星が360度光っている。狭い通路に入るとまるでスターウォーズの一シーンの中にいるような広がりを感じる。実は部屋全体を鏡張りにしているので、永遠に広がっているような錯覚に陥る。なんとも雄大な雰囲気を味わえるのだ。続く昆虫の部屋はディズニーランドのような華やかさである。ぬいぐるみのかわいい虫がたくさん飾られている。虫たちのトンネルを潜るように進むのである。子供は大喜びだろうな。と思う間もなく子供たちがワイワイやってきた。彼等を行かせようと通路に避けていたGIZUMOをぬいぐるみと勘違いして触っていく慌て者もいる。しょーがねーなー。
アトラクションの部屋を抜けると、ちょっとしたロビーがあり、そこには賢治の童話をモチーフにしたジオラマが飾ってある。よく出来ていてじっくり見ると楽しい。また、コンピューターを使った童話も楽しめる、GIZUMOは「やまなし」を楽しんだ。そして子供たちがいなくなったのを見計らってもう一度アトラクションの部屋をじっくり味わいつつ回ったのであった。
昼は賢治記念館の駐車場横にある「山猫軒」でスパゲティを食べた。いよいよ記念館をじっくり見学できるのである。ワクワク。
「賢治記念館」には宮沢賢治のあらゆる資料が展示されている。最愛の妹、厳格な父の写真も拝める。賢治が愛用したセロ、コレクションしていたレコードなども見ることができる。当時の花巻に於いて、賢治はええとこのボンボンだったことがよく分かる。それほど多くの趣味に関する資料が展示されているのだ。賢治の一面が感じとれる。
GIZUMOにとって賢治の詩は難解なものであった。彼の詩によく出てくる鉱物に関する記述がどうも馴染めないのだ。そんなコンプレックスがあって、アトラクションの中でも賢治と宝石についての解説をじっくり聞くことにした。目の前に並んだ二十個ほどのボタンを押すと、それぞれつけられているテーマについてのビデオが流れるのだ。全部丹念に見ると小一時間かかってしまう。詳しいことは省くが、様々な宝石の特徴を熟知していた賢治がその特長を生かした表現をどの詩にどのように表現していたかが詳しく解説されているのである。GIZUMOがもっとも苦手であった部分である。そしてなるほどよく分かる。賢治の思考の回路がなんとなく分かってくるのである。これはかなり嬉しい収穫であった。なによりも驚いたのは、後年、身体を壊した賢治が宝石の研磨の仕事につきたい旨を父に告げていたことである。精錬潔白であまりお金になど執着していない印象の賢治の意外な一面をまた一つ発見してしまった。
記念館にはそのほか自筆の原稿(かなりコピーしたものも含まれているが)、賢治の人生を紹介した20分ほどの映画、簡単ながらもちょっとした驚きを感じさせるプラネタリウムなどがある。そこで三時間ほど過ごしてGIZUMOは満足して記念館を出た。
そのすぐ下に「イーハトーヴ館」というやはり賢治の資料が集められている建物がある。そこはまだ一度も訪ねていなかったので行ってみることにした。ほとんど人気がない。中に入ると左側に売店、右側に喫茶店がある。また、賢治に関する展示物などもあるのだが、記念館ほどではない。二階には賢治に関する資料がかなり揃っている図書館があるはずなので上がっていった。穏やかな日和の平日の昼間、ほとんど訪れる人もない静かな午後、図書館に入っていくと、係のお姉さんなのだろう、完全に爆睡していたのであった。図書館の電気は消えている。黙って入ったり、急に声をかけたりしたら痴漢と間違えられそうだったのでお姉さんを起こさないように静かに降りていった。のどかなり。
しかし売店にはちょっと他所では手に入らないであろう賢治に関する本がずらりと並んでいた。そして若いお姉さんが何人か客としていて、いろいろと物色している。GIZUMOはその中で記念館の資料をまとめた本を買ってしまったのであった。
心置き無く見学を終えたGIZUMOは、次に花巻市内にある賢治の生家跡を見ておこうとおもい向かった。しかし花巻市内に入ると地図を見ながら走っているにもかかわらず同じところに出てしまったり、変なところに出てしまう。しかたなく駅を目指すのだが、何回か来ているにもかかわらず今回はかなり迷ってしまった。ようやくたどり着いて土産物屋の人に話をしたら、花巻は城下町なのでわざと迷路のように道を作っているのだそうだ。簡単な案内図をもらったのだが、賢治の生家にはとうとうたどり着けなかったのである。そのあと鉛温泉に向かい、思いがけなく混浴を体験したGIZUMOであったが、その話はまた別の機会に譲ろう。
こうして宮沢賢治の世界に憧れて、GIZUMOは三度花巻を訪れたのであるが、いつもなにか見落としているような気分になる。それはあまり地元の人と会話をしたことがなく、いつも一旅行者としてしか花巻を見ることができないからだと思う。言い換えれば賢治の世界の上っ面しか見ていないのだ。しかし、それでいいのかもしれない、と思うこともある。GIZUMOは決して賢治の研究者ではなく、どこまでいっても一ファンであり、彼の作品に触発されてなにかを表現しようとしている唄作りなのである。
そして、批判的意見を聞くこともあるが、花巻はそうしてファンに対して様々な賢治ワールとを提示してくれている。どちらかといえば賢治の童話の世界をよりファンタジックに、あるいは乙女チックに広げている観は拭えないが。あの小岩井農場のメルヘンもGIZUMOは決して嫌いではない。しかし、賢治の作品には「雨ニモマケズ」のように、厳しい現実に対する強い信仰というものもある。或いは農民への献身を押し通した晩年の凄みというものもある。そういうもの全てを含んだ賢治の世界に触れたくてGIZUMOは花巻を訪れるのである。そういう意味ではまだまだ満足しているわけではない。お金と時間に余裕ができたら、何度でも行きたい場所なのである。


