「高田渡」
ヤング720出演時の生演奏
三億円事件の唄
自衛隊に入ろう
アポロの唄
音源提供・JQさん
当時世間を騒がした府中で起きた三億円強奪事件を題材にした高田渡のオリジナル。私はこの録音で初めて聞きました。こんなに生き生きとしている高田渡も初めて聞きました。若さを感じますね。この事件は結局解決されないまま時効が来てしまいました。いったい誰がやったんでしょうね。
実は、このページでもお馴染みの忍者・山口三太夫こと山口芳則氏は、当時警察から犯人と疑われてかなりきつくマークされた経験の持ち主です。彼は西調布にいる怪奇漫画家、水木しげるのもとで長い間アシスタントをしていました。ですからあの界隈は詳しい訳です。当時の彼は何となく怪しい雰囲気もありましたから、ひょっとしたら、と疑われたのかもしれません。でも、彼の名誉のためにいっておきますが、彼は犯人ではありません。
かくいう私も三菱銀行爆破事件の犯人と疑われ、家に張り付かれた経験の持ち主です。もちろん私は犯人ではありませんよ。
音源提供・JQさん
高田渡に想う事
「あなたは何のために唄つているのか?」こんな質問がときどき心に沸き上がってくる。訴えたい事があるから、異性にもてたいから、好きだから、カッコ好いから…。歌っている人それぞれに答えがあるだろうし、同じ歌い手でも時と場合によって答えは変わってくるだろう。何よりもこの質問の答えを言葉として表現する事自体がナンセンスなのかも知れない。
しかし、この「答え」はどんな場合でも意識の底に流れていて、作品や表現に大きく反映している。また、聞く側にしても表立って意識はしていないものの、「なんとなくこの唄が好きだ」とか.「この歌い手が気になる」などと思う時、その大部分がこの見えない「答え」を感じ取っているのだ。
1960年代後半から始まったフォークブームほど、この「何のために唄うのか?」という質問が鋭く追求された時期はなかったと思う。早川義夫が「Roll
Over庫之助」の中で、既存の歌謡曲に対して「どうでもいいのに唄いやがるな」と指摘した。その底流には高石友也から始まった「自分達の唄を唄おう、」という思いがある。そして、新しい動機を持った唄がたくさん登場してきたのだ。
当時の日本の音楽の流れに決定的な影響を与えたのはビートルズとボブ・ディランだったと思う。特にディランからインスパイアされた唄は強烈な印象をもたらした。「おい、俺達はこのままでいいのかよ、」こんな声が腹に響いてきた。何かが変わろうとしている、そんな胎動を感じさせたのだ。しかしその反面、どこか言葉だけが先走っているような危うさも感じていた。「おいおい、そんな大きな事言って大丈夫かよ、」という感じだ。ディラン系の歌い手には総じてそういう危惧があった。それが悪いと言うのではない。歌い手が変化していくのは悪い事ではないが、一時の岡林信康のように言った事の責任を一身に背負ってしまうような事にもなってしまう。
高田渡の印象はちょっと違った。彼の唄にはだいそれた提言もなければ甘いロマンもない。庶民的な現実を淡々と唄う事で世の中をちくりと批判している。それは彼がディラン系ではなく、ウディ・ガスリーに影響されていたから、という事もあるのだろうが、そもそも唄う動機が特異な感じがした。
高田渡ははじめからシンガーソングライターというよりも純粋な「演歌師」として存在していたんだと思う。彼の歌う唄は自作のものも少なくないが、古くは添田唖蝉坊から山之口獏、ラングストン・ヒューズなどの黒人詩人などの作品をウディ・ガスリー風にアレンジしたものが主流である。そのほとんどが普通に聞いていたらあまりに絶望的なものなのに、彼の唄声を通すとどこか滑稽で、絶望的な自分を笑っているようなクールさと、それでいてほのぼのとした人間性に救いを感じる様な気になるのだ。初めて彼の唄を聞いた16歳の私ですら、高田渡が何かとてつもない絶望の中から出てきている事に気がついたのだ。
若き高田渡はURCレコードから2枚のレコードを出している。五つの赤い風船とのカップリングアルバム。これはライブものである。もう一枚は「汽車が田舎を通るそのとき」こちらもスタジオライブである。この二枚のアルバムを聞くと、真面目青年であった高田渡に出会える。自分は決して女の子にもてたくて歌っているのではない、とこだわる。中川イサトさんの話によると、この頃の高田渡はぜんぜん酒が飲めなかったそうだ。
個人的な話なのだが、この二枚のアルバムを当時、私は金がなくて買う事ができなかった。高校の同級生が貸してくれて一週間ほど聞いて返してしまった。当時は録音機材がなくてそれっきりになってしまったのだが、特に赤い風船とのアルバムは強烈に私の心に残った。高田渡への尊敬はその頃に芽生えたといっていい。
その後ベルウッドから「ごあいさつ」というアルバムが出る。これが高田渡の集大成といってもいいアルバムだ。それまで謎であったり伝説であった高田渡のすべてがこのアルバムにつまっている。御本人は「一番元気があった頃」だといっている。この頃はディラン的な変革は全て吉田拓朗のコマーシャリズムに塗り替えられ、マンガの方でつげ義春の「ねじ式」がもてはやされたりしていた。高田渡的世界が少しだけ脚光を浴びた頃だと思う。
ちょっと余談だが、高田渡は自分のことを「つげ義春みたいでしょ、」などというが、私は彼の世界はつげ義春の実弟でやはり漫画家のつげ忠男描くところの「無頼」の世界に通じるような気がする。とてつもなく絶望的な渇いた世界。それでいてどこか懐かしい人間臭さがある。古今亭志ん生の世界にも通じるものがある。
それからちょっとして、世の中がバブルに踊り、ディスコが流行ってダンスミュージックが主流になったりして彼のことを忘れていた。そうしたら彼は大酒飲みの代表選手になっていた。時折聞こえる高田渡の歌声が次第に柔らかくなっているように感じた。
野澤さんと付き合いだしてからURCレコードで活躍していた、当時は憧れでしかなかった歌い手の人たちにじかに会う機会が増えていった。高田渡のステージを生で観る事もできた。もし、彼と話すチャンスがあったら、私は確かめたい事が一つあった。それは彼が歌う動機を確かめたかったからだ。そうこうしているうちに私は彼を家まで送る事になった。高田渡とじかに話すチャンスができた。彼はだいぶ酔ってはいたが、その方が本音をいってくれたのだと思う。
高田渡は深川で育ったのだそうだ。どういう理由かは知らないが、どん底の極貧生活をしていた。幼い頃は家族で茶碗を持って飯と味噌汁をもらうために並んだという。本人いわく「これ以上の貧乏はない」という貧乏だった。しかし彼の唄にあるどこか明るい救いはなんなのだろうか。それは彼の父親から受け継いだものだという。彼の父は戦争中政府の仕事をしていたのだが敗戦で冷や飯を喰うはめになったのではないだろうか。そんな中でも父親は明るさと唄を歌う事を忘れなかったという。高田渡はそんな事を次々と話してくれた。高田渡の唄の底に流れる絶望感は、たぶん彼が幼い頃、癒し難い人生の極限を体験した事から出ていたのだ。
高田渡の唄は、非常に珍しいケースだが、出発点で既に固まっていたのだ。あれから三十数年経った今も高田渡は「朝日楼」を歌う。それは高田渡が最初から変わりようのない人生の「真実」を歌い続けているからなのだろう。そしてそのことが高田渡の歌声を確信に満ちたものにしているのだ。
もし、高田渡の唄になにか変わったものがあるとしたら、それは「味わい」だろう。得に「しゃべり」の部分は名人芸に匹敵するものがある。桂枝雀の「緊張と緩和理論」でいくと、高田渡の存在自体がある種の「緊張」を生んでいて、そこに軽妙洒脱な言葉を入れる事で大きな「緩和」が生まれる。ここまてくれば高田渡本人がいうように「伝統芸能」なのかも知れない。これから先も彼と彼の唄は古典落語のように生き延びていくと思う。
こんな唄い手は、日本では彼以外にいない。
なお、高田渡の知られざる生い立ちはいずれ「山と渓谷社」から出版されるという。
今回御紹介するのは、本ページにたびたび投稿して下さつている「所沢のブルースマン」小野アキラ氏が所蔵していた30数年前の「ヤング720」出演時の貴重な音源であります。「自衛隊に入ろう」は高田渡を世に知らしめた隠れたヒット曲で彼がテレビで歌ったのはそんなにないと思います。ヒジョーに珍しいものだと思います。
音源提供・JQさん
この演奏はハッキリと覚えていました。それほど強烈な印象を与えたものなのだと思います。高田渡の存在はURCフォークの中でも特異なもので、その一挙手一投足に目を見張っていたものでした。しかし多くのファンがそうそうコンサートに行けるわけではなく、主に深夜ラジオから流れる彼の歌声に耳を傾けていました。その彼がテレビに出る、ということはまさに晴天の霹靂だったのであります。しかもお聞きの通り、やってくれました。多くのファンがテレビの前でニヤニヤしながら喝采を送っていたのではないでしょうか。
彼と一緒に歌っている人は永年不明だったのですが、高田渡さんと話す機会があったとき聞いてみたら「岩井半四郎だよ。」と教えてくれました。この人は岩井宏といいまして、かなり古くから活躍していた人です。70年のフォークジャンボリーにも加川良氏と共に出演しています。しかし残念なことに昨年、交通事故で亡くなったということです。
曲はカイゾクこと高橋照幸さんがやっている「休みの国」の一枚目のアルバムに入っている「第5氷河期」という唄の替え歌だそうです。
何はともあれこの演奏がまた聞けるとは思いませんでした。
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