Good Weather Studio presents

 グッドウェザースタジオはHARRY山科(山科晴義、松山晴介とも名乗っています。)の音楽、ビデオムービーのページであります。
 とにかく守備範囲が広いので、いろいろ話題もあったりしますので、ぜひ遊んでいってみてくらはい。



最終更新日 2020.06.01


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 「皆神山の謎・一厘の仕組篇」の「瀬織津姫物語」でイラストを使わせていただいた瑠璃さんの作品です。

 この女神様は「ククリ姫-菊理姫」様であります。

 我々に具体的に働きかけてくる女神様です。

 また、自然を司る母性原理の神様でもあります。

 母性である自然は強さと共に脆さも持ち合わせています。

我々が母を労わるように想いをかけていくと、とんでもない強さを示してくれます。

 逆に傲慢な欲望を顕にすると、あっけなく崩れ去ってしまいます。

 様々な名前で呼ばれていますが、我々を導く働きをしてくださっているようです。

 共に働けることを祈って、合掌…

GOOD WEATHER STUDIO CONTENTS
GOOD WEATHER STUDIO
 主催者の御挨拶、プロフィール、商品の御案内などが載っております。
 主催者のプロフィールであります。こんな男がやっているというのが分かります。
 世界最大最古のピラミッド「皆神山」の謎に迫るページです。DVDの三部作にも関連して超古代不思議ワールドが全開です!!
主に旅行の部と山行きの部で構成されています。山行きはIZUMO氏らと一緒にやってる「登山部」での活動をGIZUMOの目から綴ったものです。旅の部はあちこち行った想い出や資料などを載せていこうと思います。お楽しみに。
 
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 青森の忍者、山口三太夫先生のページです。先生の秘術を紹介したビデオクリップ、そしてペン画の名人でもある先生の「山口三太夫画廊」があります。

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 それぞれの
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連続して曲をお楽しみいただけます。
松山晴介「今月の唄」

Angel in the Sky」





今でもあちこちで論議されていますが、
「宇宙人」が本当にいるのかいないのかという問題は
アダムスキーを研究する際には基本的な問題でした。

研究家達の最大の関心は彼等であり、
誰もが難解な「宇宙哲学」について彼等から教えを受けたいと願っていました。

しかしできることと言えばたまにUFOを目撃する程度で、
後は自分の内部で感じることしかありませんでした。

今はそれほど固執してはいませんが、当時の私は何か身近に彼等を感じ、
自分の決断を祝福してくれているような気がしていたのです。

特に高尾に移った当初はそんな感じが強くて、こんな唄ができたのです。


 今月の唄YOUTUBE再生リスト
今月の唄がまとめて楽しめます。
 
 今月の唄1  今月の唄2  今月の唄3 今月の唄4   今月の唄5
         





YOUTUBE再生リスト
こちらからもまとめて動画を見ることが出来ます。
 
 宇宙哲学勉強会  
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 GWS通信  
皆神山の謎 第四部 一厘の仕組篇  




   このアルバムは私が初めて作ったオリジナルテープ「山科晴義ファースト」のリメイクです。元々私はテレコを使って音をいじくりまわすのが好きで、小学生の頃からアニメのソノシートから効果音を編集して自作のドラマなどを作ったりしていました。中学の頃になるとフォークソングやグループサウンズなどの影響を受け、そういう音に対する興味が音楽としての形に変わっていったようです。そして行き着く先は多重録音によるオリジナルテープを製作することだったのです。
 そういう意味では、私は当時誰も実践してはいなかった、いわゆるマルチプレイヤーに憧れていたという訳です。もっともこういう事を考えていた人は大勢いたようですが。ただ、この頃はまだ音楽を音としてとらえていて、私の興味は様々な楽器をどのように使うとどのような効果がある、というところにありました。若さの持つ好奇心と貪欲さで、とにかくギター、コントラバス、ベースギター、ピアノ、ドラムスと、何にでも手を出していました。そしてその当時流行していた唄を様々なジャンルから選んで集めていきました。それは学ぶ、という意味もあったし、どこか自分の能力に挑戦するような気持ちもあり、夢中になったのです。
 出来映えは今聞くと惨憺たるもので、自己満足の域を出るものではないのですが、これが自分にとって記念すべきものだという感じだけは強く持っていました。
 当時はフォークソングやグループサウンズの影響で自分で曲を書くというのが当たり前のようになっていました。そこで私も作曲の真似事を始めるのですが、そういう意味でも多くの曲を演奏する事は最も手っ取り早い勉強だったようです。作詞の方が中々出来ず、やむにやまれずそばにあった詩集から適当に選んで曲をつけたりしていました。
 これを作った当時、私は家庭的に目茶苦茶な時期でした。春に母が亡くなり、父との不仲が表面化して、私は自分の感情を押さえ切れずに悩んでいました。そんな中で音楽に没頭することは唯一の救いだったし、その時間だけは私は楽しい気持ちになれました。そして次第に音楽が自分を表現するものだということが判りはじめて、ようやく自分の詞を書くこともできるようになっていったのです。 このテープは高校一年、16才の夏に作られたもので、私が自ら音楽の中に自分を見出した記念すべき作品だったのです。

 
   高校一年の夏休みを費やして作った最初のテープに自信を持った私は、いよいよ全て自作のオリジナルテープを作ろうと考えました。というよりも私の周囲の流れが私をそっちの方向へ持っていったように感じます。とにかく音楽に没頭している間だけ、私はひどく充実した気持ちが持てました。その外の時間は苦しみの連続でした。家庭のこと、学校のこと、将来のこと、すべてがお手上げの状態でした。
 それは特に詞を書く部分で大きな影響を受けました。私はそれまで、加山雄三やグループサウンズ風のどうでもいい恋の唄という詞しか書いていませんでした。それも本気になっていた訳ではなく、音楽をやる上で仕方無くやる約束事みたいな感覚でした。しかし70年安保を前にして関西系フォークソングが台頭し、詞というのは自分が今思っていることを書くものだ、という認識ができたとき、私は自分の内部から言葉が溢れてくるのを感じました。
 二十曲入ったオリジナルテープの作品のうち、四曲を除いて全て自分で作詞作曲したのですが、そのほとんどがこの時期一気に湧いてきたものです。高一の二学期から私はほとんど学校に行かずに製作に没頭していたのです。周囲の人間は心配したようですが、母親という枷がはずれたこともあったし、とにかく私は自分が本当に学ばなければならないことをやっている、という気持ちが強かったので充実していました。
 確かに音的にも一作目より進歩していたし、アイデアが次々と浮かび、食事をしたり風呂にはいるのも煩わしく感じていました。ただ、作り終わった後の脱力感はひどいものでした。その後の家庭崩壊を薄々予感していたのかも知れませんが、思い出すにも忌まわしい運命が待っていたのでした。
 この時期、音楽以外で私に影響を与えていたのは漫画でした。特に石森章太郎の作品にあるリリシズムが好きで、作品世界に没頭しました。初期の少女漫画である「竜神沼」のイメージは自分の子供時代の体験も含めて様々なイメージを私に与えました。そしてこの時期、何よりも石森作品に共通する「姉」に対する憧憬を私は羨望していました。自分を理解してくれる優しい存在を求めてやまなかったのです。
 
 
 高校二年になると私の生活の環境は一変しました。それまでは実家にいて母に食事から洗濯など全ての面倒をみてもらっていた訳ですが、全て自分でやらなければならなくなりました。そういう毎日のことも確かに苦労でしたが、慣れれば辛いものではありません。ただ、やはり精神的な虚脱感は拭いきれないものがありました。故郷を失ってしまった感じ、或いはそれまでの経緯のなかで誰にも理解されなかった孤独感、疎外感などに苛まれるようになりました。
 そんなこんなで春に引っ越した下宿は二ヶ月ほどで追い出され、伯父の管理下にあるアパートに落ち着いたのは夏の頃でした。気持ちの上でもやや落ち着いてきた私は、自分が如何に儚い存在であるかつくづく感じさせられました。
 やがて泣いてばかりはいられないと気付いた私は、結局音楽に自分の存在価値を見出そうとしたのかも知れません。最初に作ったテープを元に私は一枚だけのレコードを作りました。ジャケットや歌詞カードなども作り、学校で友人の間を回し聞きされました。そして音楽に興味を持つ奴や、私の陥った状況と似たようなことを考えている奴などが友人になっていきました。
 一方精神的な空虚さを埋めるために私は無理に恋をしていたような気がします。当時バスで通学していたのですが、その中で出会う中学生の女の子に気持ちを集中させました。彼女の少女らしさが清潔で安らぎに感じたのです。どうも同年配の女の子は不潔な感じがして嫌だったのです。つまりロリコンだった訳です。
 夏休みに入ると、どこへ行く訳でもなく、ただだらだらとしているのに苛立ちました。一年前のように楽器は手に入りませんが、テレコだけはどうにか手元にあったので、二枚目のオリジナルアルバムを作ろうと思い付いたのでした。それまでも曲は細々と書き続けていたのですが、ギター一本で録音するのはどうしても物足りなく感じていたのです。しかしアパートの一室で録音するのですから我儘も言えません。そこで音よりも作品的なグレードを上げる方に意識が向いていきました。これが私にとっては幸いしたように思えます。もし、恵まれた環境に居続けていたら、確かに音楽的に面白い作品を作る人間になっていたかも知れませんが、こうした事によって作品の中身に気を配るようになったのです。 実際に作り始めたのは秋になってしまったように思います。そしてこの間多くの曲を作ったのですが、この「LOVE IN Aminor」というアルバムにはギターで表現できる曲に限定して録音をしました。中には友人との競作の曲や、台詞だけの曲を入れたりしましたが、たいした出来ではないのでここではカットしました。

 実質的な二枚目のオリジナルアルバムになるこの「LOVE IN Aminor」は今まで私自身あまり評価していませんでした。一つ一つの曲はやはり完成度が低く、粗削りだからです。どちらかというと前作「一人の孤独な若者」や「ファースト」の方が楽しい感じがして好きでした。それは楽器の数も多く、アイデアも自由に生かせたという想いがあったからだと思います。
 今回、こうして改めて作品を録音すると、私は以前のように、現在の私が昔の私に語りかけているような印象は持ちませんでした。むしろ現在の私が時を経てようやく完成させたという充実感のほうが強かったのです。そしてアルバム全体の雰囲気はようやく私本来の曲調を表しているのに気がつきました。言い換えればこれは自分の二面性を再認識したということかも知れません。
 自分の長い音楽史のなかで私はいろいろとさすらってきましたが、結局奔流となる一つの路線があって、それは石森章太郎の「竜神沼」に代表されるリリシズムであり、ロマンなのです。そしてこのアルバムはそういう意味では原点と言える作品なのだということが再認識されたと思います。
 
   高校二年、17才からの私の人生はけっこう面白いものでした。ひどい孤独感や癒しようのない空虚な気持ちは持ち続けていたものの、もう愚かな両親に運命を弄ばれるということもなく、全てが自分の意志でやっていけるのです。
 学校での勉強というものが自分にとってひどく無意味にも感じていました。私にとって日がな一日ギターを弾くことや、自分の気持ちを観察したり、小説や詩を読むことがどれほど重要で、かつ楽しかったか、計り知れませんでした。アパートの隣室にいた自称画家という男性から、「中原中也」の詩を教えてもらったり、学友達と政治話をしたりするほうがよっぽど私という人間の肥やしになったのです。そしてそれらの事が家庭という制約なしにできるのです。
 しかしだからといって毎日が天国であった訳ではありません。私は自分という人間を考えた時、途方に暮れることがよくありました。今までの自分は何だったのだろう。町医者のお坊ちゃんというだけが、或いは実家があるということだけが自分を支えていたような気がするのです。なんでも無い自分なのです。もし何かの拍子に死んでしまったら、私はすぐに忘れ去られる存在です。自分が自分である為には存在理由を見つけ出さねばならないのです。
 学生運動に身を投じて入った友人達を駆り立てたのもこんな想いだったかも知れません。私は音楽の中に自分を見出そうと決心しました。これが私が未だに音楽というものにこだわる理由なのです。

 「LOVE IN Aminor」を作った前後も、私は曲を作り続けていました。しかしアルバムに満足していた訳ではなかったので、自分がそれなりの器材を集められるまでアルバム作りは思い止まっていました。まるで日記を書くように曲を書き続けました。この「ありがとう」というアルバムはその頃の曲を集めたものです。

 このアルバムは前作「LOVE IN Aminor」の延長線上にあります。その世界を広げているようにも思えます。これらの曲を何故あの頃録音しようとしなかったかは前にも言った通り、器材の問題があったからです。そして今回、自分の全貌を残そうと思った時、真っ先に取りかかったのがこれらの作品群でした。
 はっきり言えば前三作は自分の中でどこか習作と意識している部分があるのですが、このアルバム辺りからやっと人に聞かせられるものができたと感じていたのです。だからこれらの作品は事ある毎に歌ってきましたし、自分でも気に入っているのです。
 そして何よりも私自身が音楽の中にいるような気がするのです。このアルバムの作品世界は何かの真似ではなく、全て私の心の中の風景を描いているのです。その世界が甘いか辛いかはその人の受け取り方です。作り手としては、何度も言うように生きることと同じほど音楽を大切なものとして扱えたことが嬉しいのです。
 
    音楽を続ける、ということは音楽が変化する、ということでもあると思います。それは人間が絶えず生長を続け、或いは年老いていくように、よかれ悪しかれ変化することが必要なのです。私もその事を薄々感じていて、大抵それが焦りになったり、自分を見失うほど手酷く自分を否定したりするほど深刻になったりしました。
 高校三年になると、ようやく私の中から被害者意識からくる自己憐憫や拗ねたような感情だけに掻き回されることが少なくなりました。代わって自立心とでもいうようなものが芽生えてきたのです。と同時に、私は音楽的にも変化したいと願っていました。
 前四作で判るように、私の音楽は基本的に品が良いというか、癖がないのです。そこには強烈なアピールとかアジテーションというよりも、叙情性や甘酸っぱいロマンチシズムの要素が強く印象付けられていました。しかし世の中は70年安保やベトナム反戦運動の盛り上がりの中で、関西系の強烈なフォークソングが新しい潮流となっていました。私が親しんだグループサウンズやポップスに代わり、ロックンロールが主流だったのです。私もそれに憧れました。そして自分の作風の変化に結構苦労していたのです。
 その年の私は成田空港反対で空前の盛り上がりを見せた三里塚闘争に参加したり、中津川で行われたフォークジャンボリーに行ったりと結構忙しく過ごしました。そして友人から友人へと新たな知り合いがたくさん出来、それに連れて知識や言葉も勉強することになりました。そして秋には私は沸き上がるように何曲もの曲を書き上げ、二枚のレコードを作ったのです。この「劣等ブルース」はその時のアルバムの一枚なのです
 オリジナルのアルバムは友人から借りた英語練習用の多重録音ができる特殊なテレコを借りて録音したのですが、せいぜい三回までしか重ねられず、ギターとコーラスも思うようには付けられませんでした。ほとんどが弾き語りで、ロック風にギターをガチャガチャと掻き鳴らすような曲でした。或いは作品として小さくまとまったものだけを集めたので曲調や詞の内容などが似たようなものばかりになってしまいました。そこで今回の録音には幾つか省くことにしました。
 その前に一度、私はひどく落ち込んでいました。所謂学生運動にどうしても納得のいかないものがあって、かなり自分を卑下していたのです。その上思うように曲調も変わらず、かなり厭世的な気分になっていたのです。学校へもほとんど行かず、悶々と家に籠もって何か勝負を賭けるつもりで何曲か書いたのでした。それを持って当時反戦フォークの先頭に立っていたURCレコードに持ち込んだのです。白井という作詞家が出てきて、テープを何度も聞いてくれたのですが、その厭世的な雰囲気に情熱を感じないということで体よく断わられました。今思えば、なにくそ、と思って何度もアタックすればよかったのですが、心のどこかで自分とは違う感じがしてそれっきりにしてしまいました。
 それが春頃の出来事で、夏休み前には学園祭で小さなコンサートを開きました。前作「ありがとう」に収録した曲はそのコンサートの中心となり、後にライブ盤としてレコード化もしました。それらの出来事は自分の中では心の区切りとして考えていたのですが、変化する前の生みの苦しみでもあったように思います。

 オリジナルのアルバム「劣等ブルース」はもっとアジテーションが強いものでした。「花の咲く」という唄ではそれこそ環境問題をテーマにしたし、「時には…」という曲では戦う男も実は弱い人間である、というテーマでした。「バンバラバラリン」は所謂サイケデリックを基調とした風俗批判でした。「社会」はそれこそメロディなんかなくて、延々と自分の社会観を叫ぶ唄でしたし、「日本人」は現在経済大国として受けている非難を内部から告発するような唄でした。また、当時夢中で見ていたテレビドラマ「サインはV」のヒロイン、「ジュン・サンダースに捧げる唄」というのも入れています。孤独な境遇にあえぐ彼女に強く感情移入したからです。これでも当時の私はかなり真面目に取り上げていたのです。
 これらの曲を今回録音しようとしたのですが、まず音楽としてメロディが単純だったり、ただ単にコードに乗せているだけだったりで、あまり気に入りませんでした。そして詞の方もやや時代がかっていて、現代の自分が聞くとかなり滑稽に聞こえるものがあるのです。これは録音する価値がないな、と感じたので取り上げませんでした。
 実は「劣等ブルース」を作る前に一つアルバムを作ろうと考えていたのです。それが「想い出す…」辺りの曲だったのです。「うしろ姿」「君のような」「忘れて生きるようになる」「もっと不幸に」「おどりこ」がそれに当たります。しかしこれらの曲はギターだけで演奏するには忍びないものがありました。それでURCに持ち込んだりしたのかも知れません。ですから、このアルバムは二つのアルバムをくっつけて出来ています。
 どうしてそんなことにこだわるか、というと、この時期、私は急速に変化したように思えるからです。何度も言いましたように、「想い出す…」から「おどりこ」辺りまでの私はひどく厭世的で、自己の内部に向かってばかりいました。「劣等ブルース」では一変して外に向かってアジテーションを始めます。そしてその辺りの曲は次回作「うさぎ」に収録したのです。「うさぎ」では私の反戦運動、学生運動の最終点が見えてきます。
 私にとってこの頃の体験は何だったのでしょうか。音楽の面から考えますと、やはり時代の流れにもまれたような気がします。そしてポップス一辺倒だった私がようやくロックを受け入れることができたのです。そう考えれば捨てたものではありません。

 
    オリジナルアルバム「うさぎ」は前作「劣等ブルース」とほぼ同時に、立て続けに作ったアルバムです。高校三年の秋、18才の作品です。オリジナルの「うさぎ」は、「青い月の光は」を加えた構成でした。「青い月の光に」はアルバム「LOVE IN Aminor」に収録したように、時期がまったく違います。実は全体の時間が短かった為に急遽付け足したのでした。「散歩しよう」も同じ理由で、曲数や時間を埋めようと無理矢理書いた曲で、とりあえずキャロル・キングの「UP ON THE ROOF」を元に書いたのですが、気の乗らない、不本意な曲なので今回は省きました。
 「劣等ブルース」からこっち、私は凄まじい勢いで曲を書きました。一日に何曲も浮かび上がり、それらの一つ一つが全く沸き上がるように作り上げられていきました。前作の「劣等ブルース」に録音したものの他にも、まだ二十曲あまり書いていたのです。そしてそれらの作品は出来が悪いのではなく、録音技術の上で満足できなかったので入れなかったのです。その頃の考えでは「劣等ブルース」を二枚組にしようと思っていたのかも知れません。先に録音し、二枚目の分を作っている間に、次第に「うさぎ」の構想が浮かんできて、その間に書かれた曲をほったらかしていたのです。
 しかしそういう事はさておいても、私にとっても凄まじい経験であったことは確かです。実際に成田まで行って参加した三里塚闘争では機動隊の襲撃にあって原野を逃げ回ったし、その時捕まった友人を助ける為のカンパ活動をしたり、イジイジといじけていた生活に待ったなしに闘争が入り込んできたのです。そのショックが私に前向きな気持ちを持たせたのかも知れません。実際に成田に向かう時は、半分遊び気分でいたのは確かですし、争いに簡単に巻き込まれてしまった事実に対しても感じるところがありました。そして自分の主張を強く表さなければ、結局今までの自分と同じように運命に翻弄されて生きることになってしまう。そんな気持ちがたくさんの唄を書かせたのだと思います。
 しかし、直接的表現を使った唄、攻撃的な唄を書いていくうちに、私は次第に自分の音楽の本質的なものを垣間見るようになりました。音楽を作る上で、出来の善し悪しが出てくるのはどういう訳があるのでしょう。それも当然、音楽を作る上で重要な問題です。それについて私は、ある種のトランス状態で作られた唄は何かを越えて良い出来になる、という事を発見していました。その為に自分を責めて、ギリギリまで追い詰めるのです。そして悶々と苦しんだ先にフ、と広がる世界の中から音楽や言葉が提供されるのです。もし、プロとアマチュアの差という事で捉えれば、この部分です。良いものを作るために自分を追い詰めなければならないのです。そしてそれをやるかやらないかがプロとアマの違いなのです。
 私は自分という人間を確立する為にも、音楽を作ることを続けました。それはある意味でストイックな暮らしでもありました。やがてどういう訳か私の気持ちの中に別のビジョンが見えてきて、それらを唄に乗せるようになりました。「うさぎ」「少女・」などを書き上げるうちに、これが自分の音楽だ、と確信を持ちました。そこでその線に沿って次々と書き上げたのがアルバム「うさぎ」なのです。これらの曲は何の苦労もなく、よく心霊などで言う自動書記のような感じで出来上がったものです。そしてこれらの曲の仕上がりについて、私は疑いを持つことはありませんでした。
 厳密にいえば「劣等ブルース」と「うさぎ」の二枚のアルバムは、元々三枚のアルバムで出来ているという訳です。そう分けることがそれほど大切なことではないのですが、自分の音楽史を整理する意味ではこだわりも必要かと思います。そしてこのアルバムは、私の高校生活の最後を飾る作品でもあるのです。
 





 
harryとノアの 新・魔法のランプ 第十回






今回は電子の振る舞いについてしゃべってます。

陽子の周りを回転する電子が、実はモヤモヤ~っと広がっていて、
人間が観察する時だけ球になっていかにも陽子の周りを回っていますって顔をするんです。

実は世の中のいろんなものがそのように動いていて、
我々が真実のように感じている宇宙も実態はモヤモヤ~っとしているのかも知れません。

という掴み所のないお話をしています。




 
宇宙哲学勉強会 第五部 第三回 エネルギーについて





表題はエネルギーについてなんですが、内容は私がこの10年やってきた不思議な活動についてです。

 杉本錬堂師匠との出会いから岩崎士郎氏との出会いと決裂、神山先生とのことなど赤裸々に語っています。

 そんなことを通して掴んだエネルギーの正体は人生の生き方を決める理解にあったのだということを語っています。

 面白がってみていただければ、と思います。







詳しいスケジュールは以下をご覧ください。



ここに書かれた予定は変わることもあります。
あらかじめ一ヶ月前にお知らせを入れますのであくまでも参考ということでお願いいたします。



 
2020年6月6日 ハリー流 新・触手療法 個人セッション 上級篇
中止のお知らせ






2020年6月6日 ハリー流 新・触手療法 熊本 

中止いたします、よろしくお願いいたします。



 
2020年6月7日 ハリー流 新・触手療法 個人セッション 上級篇






2020年6月7日 ハリー流 新・触手療法 個人セッション 9時~ 
和室スペース れんげ 博多区須崎町13-18 行願寺内 参加費2000円

2020年6月7日 ハリー流 新・触手療法 上級篇 13時~ 
和室スペース れんげ 博多区須崎町13-18 行願寺内 参加費 10000円

参加ご希望の方は下記にメールください。
harrygwspro2@gmail.com
よろしくお願いいたします。


 
2020年6月8日 ハリー流 新・触手療法 個人セッション 上級篇






2020年6月8日 ハリー流 新・触手療法 個人セッション 9時~ 参加費2000円
大阪市立青少年センター Kokoプラザ 大阪市東淀川区東中島1-13-13 

2020年6月8日 ハリー流 新・触手療法 上級篇 13時~ 参加費 10000円
大阪市立青少年センター Kokoプラザ 大阪市東淀川区東中島1-13-13 

参加ご希望の方は下記にメールください。
harrygwspro2@gmail.com
よろしくお願いいたします。


 
2020年6月9日 ハリー流 新・触手療法 個人セッション 上級篇






2020年6月9日 ハリー流 新・触手療法 個人セッション 9時~ 
名古屋市公会堂 名古屋市昭和区鶴舞一丁目1番3号 参加費2000円

2020年6月9日 ハリー流 新・触手療法 上級篇 13時~ 
名古屋市公会堂 名古屋市昭和区鶴舞一丁目1番3号 参加費 10000円

参加ご希望の方は下記にメールください。
harrygwspro2@gmail.com
よろしくお願いいたします。



 
2020年6月17日18日 ハリー流 新・触手療法 東京 のお知らせ






2020年6月17日 13時 ハリー流 新・触手療法 初級篇 10名限定
神楽坂レンタルスペース香音里 2階中会議室 参加費 5000円 

2020年6月18日 14時 ハリー流 新・触手療法 中級篇 10名限定
神楽坂レンタルスペース香音里 2階中会議室 参加費 7500円 

住所 東京都新宿区天神町17
最寄り駅 神楽坂駅(東京メトロ東西線)徒歩1分
https://www.instabase.jp/space/262


参加ご希望の方は下記にメールください。
harrygwspro2@gmail.com
よろしくお願いいたします。


 
2020年6月17日 個人セッションのお知らせ






2020年6月17日 午前9時~12時まで 個人セッション 参加費 2000円
レンタルスペース 香音里 中会議室 東京都新宿区天神町17


参加ご希望の方は下記にメールください。
harrygwspro2@gmail.com
よろしくお願いいたします。



 
2020年6月22日23日 ハリー流 新・触手療法 
個人セッション 神戸 お知らせ






2020年6月22日 13時 ハリー流 新・触手療法 初級篇 個人セッション
神戸学生青年センター 和室 参加費 5000円 10名限定

2020年6月23日 13時 ハリー流 新・触手療法 中級篇 個人セッション
神戸学生青年センター 和室 参加費 7500円 10名限定

個人セッション 9時 参加費2000円 時間指定いたします。

神戸市灘区山田町3-1-1 電話:078-851-2760
http://ksyc.jp/facilities/map/


参加ご希望の方は下記にメールください。
harrygwspro2@gmail.com
よろしくお願いいたします。





皆神山の謎 初期三部作をYOUTUBE公開!!!


 
皆神山の謎 入門篇






皆神山の謎 第一作です。

何回も作ってはダメ出しをして、ようやく完成させたものです。

皆神山に於ける不思議現象は全て網羅しています。





 
皆神山の謎 長野町古代文明篇






皆神山の謎 第二作です

今回は皆神山を離れ、長野に点在する不思議現象を追ってみました。

皆神山から少し離れた場所にもおかしなところがたくさんありますねぇ~




 
皆神山の謎 神々の深淵篇 前篇






皆神山の謎 第三部の前編です。

この会は大本教や日猶道祖論を中心に扱っています。

謎はますます深まるばかりです。




 
皆神山の謎 神々の深淵篇 後篇






皆神山の謎 第三部の後編です。

この回は潜象光を初めて取り上げています。

ここから一厘の仕組篇に繋がっていきます。







gws通信 「奇跡の触手療法」 福増廣幸


 

今回は心臓外科医から触手療法に転身した福増廣幸先生の著書をとり上げました。

 他に「筋肉疲労が病気の原因だった!?―驚異の触手療法」と
別冊宝島の「気で治る本」を参考に手で触れるだけで改善する療法について考えてみました。






 

ハリー流 新・触手療法について
家元 harry山科

 



 「ハリー流 新・触手療法」について解説しています。

いったいどのような療法なのか、ぜひご覧になってください。


 天城流湯治法

宇宙哲学的考察と展開

  天城流湯治法と私が気がついた不思議なやり方について書いたものです。

 このやり方を私なりにきちんと解明して、この先、多くの方にお伝えして意いこうと思います。

 出来るだけ簡潔に書きましたので、そんなに難しくないと思います。

 ぜひ、誰にでも出来る素晴らしいセルフケアの世界を体験していきましょう!!

 
 



 天城流湯治法事務局に提出た論文を動画化したものです。

 天城流湯治法と私が気がついた不思議なやり方について書いたものです。

 このやり方を私なりにきちんと解明して、この先、多くの方にお伝えしていこうと思います。

 出来るだけ簡潔に書きましたので、そんなに難しくないと思います。

 ぜひ、誰にでも出来る素晴らしいセルフケアの世界を体験していきましょう!!





 
  Good Weather Studio
スケジュール



天城流湯治法 膜宇宙療法 勉強会について




二つの不思議な療法をやっています。

 それを結びつけたのが潜象エネルギーです。

 古代人が「龍」と呼んだ宇宙のエネルギーを引き出し、自らの身体をメンテナンスする方法を一緒に学んでいきます。

 今まで不思議だったことが当たり前のこととして使えるようにしていきたいです。

 興味のある方は、ぜひご参加ください。


参加ご希望の方は下記にメールください。

harrygwspro2@gmail.com

jovanni@lovely.interq.or.jp
(こちらのメールは届かないことがあります。)

よろしくお願いいたします。





詳しいスケジュールは以下をご覧ください。



ここに書かれた予定は変わることもあります。
あらかじめ一ヶ月前にお知らせを入れますのであくまでも参考ということでお願いいたします。





 
  「魔法のランプ」のホームページです。


ボタンをクリックしてください!! 







 
  Cosmic Philosophy Wonderland

「CPワンダーランド」とは宇宙哲学の不思議な国という意味であります。

主に神戸のサラ・シャンティを中心にharry山科の開く
宇宙的エンターテイメントのことでもあります。
 

CPワンダーランド 「カタカムナ 吉野信子さん」


 

神戸、六甲のサラ・シャンティで恒例のCPワンダーランド。

 今回はカタカムナの研究者、吉野信子先生をお招きしてかなり深い話をしていただきました。

 打ち合わせ段階で「どうしても皆さんに伝えたいことがある。」という事でしたので、
私も聞き手として知りたかったこともあり納得いくまでお話ししていただきました。

 長尺で、しかも難解な部分もあると思いますが、一つコツを掴むと吉野先生の話は
整理されているので理解は早いと思います。

 大切なメッセージが含まれています。

 ぜひ、何度でも楽しんでみていただければ幸いであります。

 



       
 





 皆神山の謎 第五部 スサノオの風篇

まとめて見たい方はこちらからどうぞ
 







     







★「皆神山の謎・ 第四部・一厘の仕組篇」

皆神山の謎 第四部 一厘の仕組篇はこちらのページからご覧ください。







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